こんにちは 岡田歩です。(自己紹介はこちら

 

先週末、ちょっとした緊急事態があって、
急遽、一泊で帰省しました。

 

その合間に、高校時代の仲良しの友人に、
数年ぶりに会って飲みました。

 

部活が一緒で、
毎日放課後に話して、
その上、一日おきに電話で数時間話していた友達。

 

当時は、私の人生の中でも、
家の混乱が最強暗黒の時代だったんだけれど、
友人と、和気あいあいな高校生活に、

ずいぶん救われていました。

 

それぐらい仲がよかった友人と、
一回だけ、喧嘩をしたことがあります。

 

ここまでは、二人とも同じ認識。

 

ところが、話を突き合わせてみると、
その「一回だけの喧嘩」の内容が、
まったくの別件でした。

 

 

私が喧嘩だと思っていた一件は、
彼女にとっては喧嘩ではありませんでした。


彼女が喧嘩だと思っていた一件は、
今思い返してみれば、
彼女が怒るのも無理はないと思うような、
とても心ないことを、私が言い放った件です。

 

でも、当時の私は、
ひどいことを言ったつもりもなく、
それを喧嘩とも思っていなかった。

 

だから、ほとんど記憶から消えていたんです。

 

 

たった一回の喧嘩を突き合わせた結果

 

「あれが本当は嫌だったんだよね」

という話になって、

 

「え、そんなつもりじゃなかった」
「いや、でも私は傷ついた」

 

みたいに、気まずい雰囲気に……

 

 

まったく、なりませんでした。


二人で、

記憶って、あてにならないね。


と、記憶の不思議さに、驚いたんです。

 


そうなんです。

脳は、記憶を録画のように保存しているわけではありません。

 

記憶を思い出すときには、
バラバラに保存された情報が、
その都度つなぎ合わされて、再構成されます。

 

思い出す瞬間の気分。
体調。
安心して話せる空気があるかどうか。

気温や環境。

 

そうした今の状態によって、
 

どの断片が呼び出されるか、
どの断片同士がつながるかが変わります。

 

たとえば、
「たった一回の喧嘩」というラベルのついた記憶が思い出されるとき、

 

昨日思い出したときは、

A → B → C

という流れだった記憶が、
今日思い出したときには、

A' → B' → D → C'

という流れで思い出されることがあります。

 

 

AとA'、CとC'と書くと、
なんとなく似たもののように見えますよね。

 

でも、実際にはそうとも限らないんです。

 

似たような入口から始まっているようで、
実際には、別の断片がつながっていることもある。

 

それでも私たちは、
「同じ記憶を思い出している」
と感じます。

 

それは、脳には一貫性を保つために、
断片が少し違っていても、
「同じ話」としてまとめておく機能があるからです。

 

日常生活にとっては、便利な機能ですよね。

でないと、カオスすぎるもの。

 

 

だから、記憶って、固定された実体って本当はないんです。

 

過去に起きたことを否定する、という話ではありません。

 

出来事は起きた。
言葉も交わされた。
誰かが傷ついたこともあった。
自分が未熟だったこともあった。

 

もちろん、そこを、なかったことにする話ではありません。

 

ただ、その記憶を思い出している今、
私たちは過去そのものに触れているわけではないんです。

 

今の身体。
今の気分。
今ならわかること。
その人との今の関係。
安心して話せる空気。

 

 

そうしたものが混ざり合って、
私たちはその出来事を、今の自分として思い出します。

 

 

今回、友人と話していて感じたのは、
まさにそこでした。

 

たった一回の喧嘩の記憶は、
 

「昔、こんなことがあった」という過去の話としてではなく、

今この瞬間に、
二人の間にある温かさや、笑いや、つながりを感じるための
きっかけになっていました。

 

あの頃の私は未熟で、
心ないことも言った。

それでも、今こうして一緒に笑っている。

 

その記憶を一緒に眺めながら、
このめぐり合わせの不思議さと、ありがたさを感じました。

 

リアルだったのは、
記憶の中にある過去ではありません。

 

その記憶を一緒に眺めている今、
二人の間で起きていた温かさ。

 

それは、頭の中で再生された過去ではなく、
その場で本当に感じていたものでした。

 

過去は、今ここにはありません。

 

どれほど鮮明に思い出されても、
それは今この瞬間に現れている記憶です。

 

私たちは、過去に触れているようで、
実際には、今ここに現れている記憶と感覚に触れています。

 

そういう意味で、過去は幻想です。
 

 

でも、その記憶をきっかけに、
今ここで起きている温かさや、笑いや、二人の間の響き合いはリアルです。

 

 

苦しかった記憶を、
無理やりポジティブなものに変える必要はありません。

 

誰かに傷つけられたことを、
「よかったこと」にしなくていい。

 

自分が誰かを傷つけたことを、
なかったことにしなくていい。

 

でも、その記憶に触れている今、
そこにある身体の感覚や、呼吸や、温かさに気づくことがあります。

 

それは、過去を変えたからではありません。

今ここで、実際に起きていることに気づいているんです。

 

たとえば、少し呼吸ができる。
身体の力が抜ける。
あのときは見えなかったものが、少し見える。

 

それは、頭の中でつくった前向きな解釈ではなく、
今ここで、本当に感じていることです。

 

そしてね、私はかなり記憶力が悪いんですが、
友人はものすごく記憶力がよくて、

私が忘れていたいろんな黒歴史を、
次々と思い出すことになりました。

 

あー、忘れていたままでいたかった〜(笑)

 

でも、そんな友人も、
私の母が経営していたスナックの店名が
「一寸法師」だったと言って譲りません。

 

黒い名刺をもらって、
そこに「一寸法師」と書いてあったのを、
はっきり覚えているというんです。

 

っていうか、

「一寸法師」って何?笑

 

どこから出てきたのか謎すぎです。

 

店名は、母の好きな越路吹雪の持ち歌からとった
『セラヴィ(これが人生さ)』です。

 

記憶って、変だね。

そう言いながら、
大笑いでハートが広がった夜でした。

 

 


 

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こんにちは 岡田歩です。(自己紹介はこちら

 

「力を抜いて」って言われるほど、
かえって力が入ってしまうこと、ありませんか?

頭ではわかっている。
でも、身体はゆるまない。

これ、意志が弱いからではないんです。

スポーツでも、
楽器の演奏や歌でも、
習字や書道でも、
絵を描くときでも。

いろんな場面で、
「もっと力を抜いて」って言われます。

でも、これがなかなか難しい。

「力を抜こう」と思った瞬間に、
もう力が入っているんですよね。

私が習っているキックボクシングでもそうです。

思いっきり、

「蹴ってやったわ!!」

みたいな勢いで蹴ったときより、
サラリと蹴ったときのほうが、

「重い」
「痛い」

と言われるんです。

あれ、ほんと不思議です。

力を入れたほうが強そうなのに、
力が抜けているときのほうが、
身体の力がまっすぐ届く。

頭ではなんとなくわかるけれど、
実際に身体でそれが起きるのは、
なかなか難しいんですよね。

最近、骨格へのアプローチを通して、
身体が本来持っている力を引き出すことを
40年探求されている先生とお話しする機会がありました。

そこで、あらためて
脱力の大切さを教えていただきました。

先生の話で印象に残ったのは、
脱力は、ただリラックスすることとは違う、
ということでした。

大切なのは、
身体に興味を持つこと。

脱力が起きると、
身体は自分で必要なことをしはじめる。

そして、必要なことを、
身体のほうから教えてくれるのだそうです。

でも、この脱力というのが、
ほとんどの人にとって本当に難しい。

なぜなら、脱力は
「すること」ではないからです。

「よし、脱力しよう」

とがんばった瞬間に、
もう身体には別の力が入っています。

「じゃあ、どうやってやればいいの?」

と考え始めると、
それもまた、身体ではなく思考のほうへ行ってしまう。

脱力って、
力で起こすものではないんですよね。

身体の中に条件が整ったときに、
自然に起きるもの。

ここが、とても大事なのだと感じました。

生まれたばかりの赤ちゃんの身体は、
驚くほど柔らかいですよね。

私たちはみんな、
最初から力みっぱなしだったわけではありません。

でも、成長の過程で、
少しずつブレーキを覚えていきます。

嫌なことがある。
緊張する。
怖さをこらえる。
感情を抑える。
失敗しないように気を張る。
しっかりしようとする。

そういう経験を重ねるたびに、
身体は少しずつ、
力むことを覚えていく。

そして、力みが当たり前になると、
力んでいること自体が
わからなくなっていきます。

身体は力んでいる。

でも、自分ではそれが普通になっている。

身体のセンサーが、
少しずつ鈍くなっていくんですね。

ただ、これは
身体が壊れているということではありません。

感じすぎるとつらいとき、
身体は感覚のボリュームを下げることで、
自分を守ってくれることがあります。

身体は、
私たちを守ろうとしてくれていた。

でも、その守り方が長く続くと、
今度は自分の身体の状態が
わかりにくくなっていくのです。

これ、私にも実際に起きていました。

以前、腰が痛くて、
身体にソフトに触れる施術を受けたことがあります。

ある場所に触れられたとき、
私はとても緊張して、
だんだん怖くなってきました。

ところが、セラピストの方は、

「ここ、血流が増えてきていますね」
「緩んできています」

と言うのです。

え?

私の感覚では、
真逆なんだけれど?

そう思いました。

私の中では、
その場所は緩んでいるどころか、
怖さと緊張が強くなっているように感じていました。

でも、そのまま数分、
静かに待っていたら、

確かに、その場所の冷たさが
少しずつ減っているのがわかりました。

身体では、何かが起きている。

でも、私の意識はそれを
「怖い」と受け取っている。

そのとき、正直ショックでした。

私の身体は、
緩んでいることを、
怖いこととして受け取っていたのです。

身体にとって、
「ゆるむこと」は、
最初から心地よいこととは限りません。

ずっと力んで身を守ってきた身体にとっては、
力が抜けることそのものが、
未知の感覚になることがあります。

安心に近づいているはずなのに、
身体が一瞬、警戒することがある。

これって矛盾しているようだけれど、
とても自然なことなのだと感じます。

これ、施術の場だけの話ではないですよね。

休んでいいのに、そわそわする。

頼っていいのに、身体が固まる。

安心していい場面なのに、落ち着かない。

そういうこと、ありませんか?

そういうとき、身体はまだ、
「本当にゆるんで大丈夫なのかな?」
と確かめているのかもしれません。

ここが、私が今とても大切にしている
「安心の土台」とつながっているところです。

私はそれ以来、
自分の身体のセンサーは、
かなりズレているのかもしれないと気になっていました。

なぜ、感じられないんだろう。

どれだけセンサーが鈍っているんだろう。

どうしたら、もっと感じられるようになるんだろう。

そんなふうに考えていました。

でも今回、先生から、

脱力は「する」ものではない。
脱力が起きているときに、
自覚がないことも多い。

そう聞いて、少しほっとしたんです。

ああ、身体のセンサーが
壊れ切っているわけではないんだ。

そう思いました。

大切なのは、

「なぜ感じられないんだろう?」

と、思考で追いかけ続けることではない。

「どうしたら感じられるようになるんだろう?」

と、自分を改善対象のように扱うことでもない。

意識を向けるべきなのは、
思考ではなく、身体のほう。

まず、安全を確保すること。

脳と神経系に、
「ここは危険ではないよ」
と知らせること。

そして、身体にただ意識を向けること。

何かを感じられても、
感じられなくても、

すぐに答えを出そうとしない。

これは良い反応なのか、悪い反応なのか。
ちゃんと緩んでいるのか。

そう判断する前に、
ただ待ってあげる。

それが、
身体に興味を持つということなのだと思います。

身体は、命令されるよりも、
興味を向けられたときに、
少しずつ応答しはじめるのかもしれません。

「力を抜こう」とすると、
また力が入る。

でも、身体に興味を向けると、
力を抜こうとしなくても、
どこかが自然にほどけていくことがあります。

脱力って、
そういうものなのだと思います。

がんばって起こすものではなく、
安心の土台が育ったときに、
自然に起きるもの。

そしてこれは、
身体だけの話ではありません。

自分の中に自然に湧き起こる感情。

本当は嫌だと感じていること。

本当は大切にしたいこと。

本当は望んでいること。

そういうものに気づく力も、
身体の脱力と深く関係しています。

力んでいるとき、
私たちは自分の感覚を受け取りにくくなります。

頑張らなきゃ。
間違えちゃいけない。
迷惑をかけちゃいけない。
しっかりしなきゃ。

そうやって内側に力が入り続けると、
感情も、違和感も、願いも、
わかりにくくなっていく。

でも、安全の感覚が戻ってくると、
身体は自然にほどけていきます。

すると、感情も動き始める。

自分にとって大切なものも、
少しずつ見えはじめる。

だから、力を抜くことは、
ただリラックスすることではありません。

身体が本来の働きを取り戻し、
自分自身とのつながりが戻ってくること。

力を抜こうとして抜くのではなく、
安心の土台が育ったときに、
自然にほどけていくこと。

力を抜こうとがんばるのではなく、
身体が自然にほどけていく安心の土台を育てる。

頭で理解するだけではなく、
身体の感覚として、安心を育て直していく。

その中で、
感情や違和感や本当の望みも、
少しずつ受け取れるようになっていく。

そんな体験を、
【本来感覚統合コース】では、
半年間かけて重ねていきます。
 

 


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こんにちは 岡田歩です。(自己紹介はこちら

 

「本当に欲しいものはなに?」
「一番大切なものはなに?」

これ、本気で答えようとすると、
意外と答えに詰まる問いなんですよね。

 

私はこの問いを、
本気で自分に問いかけるようになって、7年がたちました。

 

7年前にこの質問を私に投げかけてくれたのは、
師のイーライ・ジャクソンベアです。

 

 

イーライは『自由へのエニアグラム』の著者で、
私は日本語版の翻訳を担当しました。

 

これ以上ないほど深く、広い視座から。
そして、静寂そのもののような場所から。

 

その問いを投げかけてもらったおかげで、
7年前のそのときも、私はひとつの答えを見つけることができました。

 

その答えが間違っていたわけではありません。

 

ずっと大切にしてきた答えでした。

 

 

でも、今思うと、
答えの解像度が、まだ低かったのです。

 

 

欲しいものを挙げることは、
それほど難しいことではありません。

 

 

自由がほしい。
豊かさがほしい。
大切な家族の幸せがほしい。
楽しい時間がほしい。

 

そういう願いなら、比較的すぐに出てきます。

 

でも、

「何よりも本当に欲しいものを、ひとつだけ」

と言われると、
そこから急にわからなくなることがあります。

 

 

いろいろな願いの奥にあるもの。

 

その願いを通して、
本当は何を求めているのか。

 

そこまで見ていくには、時間がかかります。

 

 

この問いを本気で見つめていくと、
 

恐れや、しがみつきや、疑いや、痛み、幻想が見えてきます。

つまり、
本当に欲しいものを知ろうとすることは、
自分を知っていくことでもあるんです。

 

7年前に見つけた答えも、
確かに大切なものでした。

 

 

けれど、細胞の一つひとつが、

 

「そう、それ!」

 

と口をそろえて言うのが聴こえてくるような答え。

 

 

そこに気づくまで、7年かかりました。

 

 

その答えが浮上するまで、
最初の答えの解像度が低かったことにさえ、
気づいていなかったんです。

 

 

高い解像度でそれを自覚したときの感触は、
今までの感覚とは比べようがないほど確かさがある。
そして同時に、つねに新鮮さがある。
 

そんな感覚なのです。

 

本当に欲しいものがはっきり見えてくると、
すべての体験が、次のどちらかとして見えてきます。

 

一番欲しいものから、
自分がどうやって離れていくのかを知る機会。

 

あるいは、

一番欲しいものがすでにここにあることに気づき、
それを味わう体験。

 

そのどちらか。


「本当に欲しいもの」が、
何からの形をともなってやってきたとき、
それは自分が思い描いていた「欲しいもの」とは、
似ていないように見えることがあります。

 

それどころか、
まったく関係のないものに見えることもあります。

 

本当に欲しいものが何かを知っていても、です。

 

 

そして、究極的に本当に欲しいものを、
自分で自分に与えることはできません。

 

 

ただ、見失うことはある。

だから、私たちにできることは、
本当に欲しいものが何なのかを知ること。

 

そして、注意深く、
ここにあるものに気づくこと。

 

 

たったこれだけなんです。

 

 

でも、それを真剣に知ろうとすると、
自分のあらゆることが見えてきます。

 

何を恐れているのか。
何にしがみついているのか。
 

どんなときに、それを見失うのか。
どんなふうに、すでにあるものから離れていくのか。

 

 

だから、
本当に欲しいものを知ることは、
自分を知ることと同じなんです。

 

 

注意深く、ここにあるものに気づくには、
安心できる環境が助けになります。

 

 

神経系が危険を察知していると、
注意はどうしても、身を守るほうへ向かいやすくなります。

 

 

安心の中では、気づきは広がり、
いつもは見えないものが見えてきやすくなります。

 

 

7年前のGWの直前、
私はアシュランドのリトリートで、
初めてイーライのリトリートに参加しました。

 

 

そのとき、
本当に本当に欲しいものに気づいたんです。

 

 

そして、7年後のまったく同じ時期に、
エニアグラム・リトリートで、
今度はぴったりと焦点の合った答えが見えました。

 

 

そのリトリートを開催していたのは、ジャレッドでした。

ジャレッドは、7年前に私が初めて本当に欲しいものに気づいたリトリートで、
講師の一人として出会った人です。

 

7年前も、今回も、
欲しいものが見えたあと、
自然にヒーリング的なことや、調整が起きました。

 

 

私が本当に欲しかったものは、
7年前にそうだと思ったピース、つまり平穏ではありませんでした。

 

 

自由でもありませんでした。

絶対にどこにもいかないもの。

 

これだったのです。

 

そう気づいたとき、

「そう、そう! これ!
なぜ気づかなかったんだろう」

という驚きと、安堵と、温かさが、
身体の奥に広がりました。

 

 

 

あなたの本当に欲しいものはなんですか?

すぐに答えが出ないこともあります。

 

すぐに出てくる答えの奥に、
もっとぴったりした答えが眠っていることがあります。

 

ピンときたら、
この問いをときどき自分に向けてみてください。

 

「本当に欲しいものはなに?」
「一番大切なものはなに?」

 

 

本当に欲しいものを見つめていくことは、
あなた自身の愛に触れていくことでもあるからです。

 

 

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こんにちは 岡田歩です。(自己紹介はこちら

 

少し前に、
ちょっとびっくりしたことがあったんです。

 

ある小さなお料理屋さんのランチに、
ふらりと入りました。

 

いろいろなスパイスが上品にブレンドされた、
味わい深いスープがとても美味しくて、

いいお店見つけたなぁ、と
ほくほくしていました。

 

そしたら、大将と他のお客さんとの会話が
耳に入ってきたんです。

 

「天気によっても、材料の調合を変えているんです。
それぐらいやるのが料理人として当たり前ですよ」

 

そんな話をしていました。

 

 

わー、すごい。

 

料理に対して、
とても繊細な感覚を持っている方なんだなぁと、
ますます、ほくほくしました。

 

 

そのあとです。

 

大将が、デートで来店したお客さんへの接客について、
こんな趣旨のことを話しはじめました。

 

 

女性のお客さんを、あえて叱る。

 

そうすると、
連れの男性が大将をたしなめる。

そこで男性に花を持たせてあげる。

それもサービスの一つだ、と。

 

 

はぁ?????

 

え、私は何を聞かされているんだ?

 

 

大将が本当にそれをやっているのかは、
わかりません。

 

 

でも、正直に言うと、
私はかなり気分が悪くなりました。

 

料理は美味しかったはずなのに、
その言葉を聞いたあと、
美味しさの印象まで変わってしまった。

 

本当ではないことで人を叱ること。

それを「サービス」として語ること。

しかも、どこか誇らしげに聞こえたこと。

 

その場に生まれるであろう気まずさに、
私の身体がきゅっと縮むようでした。

 

もしその場にいたら、
叱られた人も、
それを見ている人も、
きっと身体が少し縮むと思うんです。

 

 

誰かが緊張する。
誰かが気まずくなる。
誰かが無理に笑う。

 

 

そういう反応は、
言葉になる前に、
その場にいる人たちの身体に伝わります。

 

 

なので、私の中では、リピなし確定。

 

 

でも、そのあとで、


少し身につまされたんです。

 

 

もちろん、
私が同じことをしていた、という意味ではありません。

 

 

でも、
相手を感じるより先に、
「この人はこう感じているはずだ」と
思考で読もうとする構造には、
身に覚えがありました。

 

 

私は昔、
人の気持ちを理解しようとして、
思考にばかり頼っていました。

 

心理療法も長く学んでいたので、
人の心の動きや、
潜在意識のメカニズムについての知識もありました。

 

 

この人は、こう感じているのではないか。

この反応の背景には、
こういう思いがあるのではないか。

 

この言葉の奥には、
こういう欲求があるのではないか。

 

そんなふうに、
論理と深読みと知識を使って、
人の気持ちを理解しようとしていたんです。

 

 

推測の精度は、
それなりにあったと思います。

 

でも、それはあくまで、
思考で推測する力でした。

 

 

そして、全然違うこともありました。

 

私が一番つらかったのは、
人の気持ちがまったくわからないことではありませんでした。

 

 

誰かの喜びに、
一緒にうれしくなる。

 

誰かの感動に触れて、
自分の胸も動く。

 

誰かの悲しみに触れて、
自分の中にも静かな痛みが起きる。

 

 

そういう体験が、
自分の中で薄かったことなんです。

 

 

私は、人の気持ちを「読もう」としていました。

 

でも、
人の気持ちを読むことと、
人を感じることは違います。

 

読むことは、思考でできます。

 

 

過去の経験や知識を使って、
「この人はこう感じているのではないか」
と推測することはできます。

 

 

それは大切な力です。

 

でも、共感にはもう一つ、
身体で感じる共感があります。

 

相手の悲しみに触れたとき、
自分の胸がきゅっとする。

 

相手の喜びに触れたとき、
身体の中にも温かさが広がる。

 

相手の緊張に触れたとき、
こちらの呼吸も少し浅くなる。

 

誰かの言葉に触れて、
喉の奥が詰まる。

 

 

こういう共感は、
ただ「心で感じる」というだけではなく、
身体の内側でも起きています。

 

 

相手に触れたとき、
自分の身体の内側に反応が起きているんです。

 

 

この身体の内側の感覚を受け取る力を、
専門的には内受容感覚といいます。

 

 

呼吸。
心拍。
胸の詰まり。
喉の感覚。
胃の重さ。
お腹のゆるみ。
身体の温かさ。
内側のざわつき。

 

 

こうした身体の内側の感覚は、
自分が何を感じているのかを知るための、
大切な手がかりです。

 

 

そしてそれは、
誰かに共感する感覚とも深く関わっています。

 

 

自分の身体の内側の感覚を受け取りにくいと、
自分が何を感じているのかが、
わかりにくくなります。

 

 

自分の感情の微細な動きがわかりにくいと、
相手に触れたとき、
自分の内側で何が響いているのかも、
つかみにくくなります。

 

つまり、
相手を感じる力は、
自分の身体の内側を感じる力と
切り離せないんです。

 

 

私が長いあいだ、
共感することに難しさを感じていたのは、
心が冷たいという話ではありませんでした。

 

自分の身体の内側で起きている感覚に、
気づきにくかったことが大きかったのだと思います。

 

 

自分の身体の感覚をしっかり受け取ること。

 

これは、
自分の気持ちを知ることでもあります。

 

 

誰かに共感する以前に、
私は自分自身の気持ちや本音を、
ほんとうのところでは、
十分に感じていなかったんですよね。

 

 

だから、
相手の気持ちを「理解しよう」として、
思考をたくさん使っていました。

 

 

知識を使う。
分析する。
推測する。
深読みする。

 

それは、それなりに役に立つこともあります。

 

 

でも、それだけでは、
どこかで自分を置き去りにします。

 

 

自分の身体が何を感じているのか。

自分の胸がどう動いているのか。

自分の呼吸がどう変わっているのか。

自分の内側に、
どんな違和感や温かさが起きているのか。

 

 

そこを受け取らないまま、
相手の気持ちだけを理解しようとすると、
どうしても頭の中の世界で相手を見てしまいます。

 

 

そして、相手のことも、
自分の世界観の中で想像してしまう。

 

 

だから、ズレることがあるんです。

自分の中で何が起こっていたのか。

そして、どうしたらいいのか。

 

 

それが少しずつ見えはじめたのは、
脳と神経系の探求が始まってからでした。

自分自身の身体とつながるには、
まず、脳と神経系に安心感を育てる必要がありました。

 

 

身体の感覚を取り戻すこと。

呼吸や胸やお腹の感覚に気づくこと。

 

 

自分の中で起きている小さな反応を、
すぐに判断せずに受け取ること。

そうしたことを重ねる中で、
少しずつ、自分の気持ちがわかるようになってきました。

 

 

そして、自分の気持ちを体感から感じ取るようになると、
相手の気持ちを「読む」のではなく、
相手に触れたときに自分の内側で何が起きているのかを、
感じられるようになってきます。

 

 

これは、
人を分析する力とはまったく違います。

 

相手をコントロールするための理解でもありません。

 

自分の身体の内側で起きる反応を通して、
相手と同じ場にいること。

 

相手を自分の世界観の中に閉じ込めるのではなく、
相手に触れたときに自分の中で起きるものを、
静かに受け取ること。

 

 

そこから、
共感の質は変わっていくのだと思います。

 

 

身体の感覚に戻ることは、
自分の気持ちに戻ること。

 

自分の気持ちに戻るほど、
相手を頭の中の物語に閉じ込めずに、
その場で感じられるようになっていく。

 

 

相手を感じる力は、
自分の身体から始まる。

 

 

そんなことを、
私は自分の体験を通して感じています。

 

 

5月17日スタートの

 

ただいま、わたし
【本来感覚統合コース】では、

 

身体と神経系の安心感を育てながら、
自分の感覚を少しずつ取り戻していきます。

 

自分の身体の内側に戻ることは、
自分の気持ちに戻ること。

 

そしてそれは、
人や世界とのつながりを取り戻していく
土台にもなります。

 

これは、私自身がうんと遠回りしてきたからこそ、
本当に必要だと感じているコースです。

 

脳と神経系から安心感を深めることは、
自分を知ること、
そして世界とつながることのベースになります。

 

 

■ (受付中)5月17日スタート

 

 ただいま、わたし
【本来感覚統合コース】

詳細・お申し込み (5/15締切)

 

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こんにちは 岡田歩です。(自己紹介はこちら

 

今年の1月2日に、
なぜか急に訳したくなった本があるんです。

 

私の師のイーライ・ジャクソンベアの
『自由へのエニアグラム』の翻訳が出版されてから、
もう4年になります。

 

出版後まもなく、
イーライの別の著作の翻訳を始めたんです。

 

『Sudden Awakening/突然の目覚め』。

エゴの仕組みが、
とてもわかりやすく書かれている本です。

 

Sudden Awakening: Stop Your Mind, Open Your Heart, and Discover Your True Nature (English Edition)

 

 

でも、
『自由へのエニアグラム』のときほどには、
馬力が出なかったんですよね。

 

 

あの本は、私にとって、
人生を導く魔法の箒(ほうき)みたいな本なので、
とても特別だったのだと思います。

 

『Sudden Awakening/突然の目覚め』は、
数ページだけ訳して、そのままになっていました。

 

それが、なぜか今年の1月2日に、
急に訳したくなって、2日ぐらい作業して、
そして、またパタリと止まってしまった。

 

基本、自分のために訳しているだけなので、
再開しなくても、なんの問題もありません。

 

なんで、あんなに訳したくなったのかなぁと、
不思議になるぐらいでした。

 

 

ところが、10日前に、
これまた突然、再開したのです。

 

今、すごく暇なわけでもありません。
どちらかというと、逆。

 

それでも、起床時間を早めて、
5時台に起きて、
ほんの少しだけ作業をしています。

 

 

私は、6時台の朝の空気感が大好きなんです。

でも、去年の年末から、
6時台に起きられないことが続いていて、
なんとなく調子が出なかったんですよね。

 

それが、翻訳のおかげで、
早起きできないもやもやまで、
同時に解消されてしまった。

 

何が起きているのか、
さっぱりわかりません。

 

でも……

これは、私の大好物なんです。

 

誰に言われたのでもなく、
内側から、あらがえない何かが湧き起こる。

 

どこに向かうのか。
なんのためなのか。

 

それが決まっていなくても、
何かに動かされる。

 

こうしたあらがえない感じに、
私はいつもグッときます。

 

 

大きな何かを、
私は理解することも、
確認することもできません。

 

 

ただ、
それに動かされていること。

それに飲み込まれていることには、
気づける。

 

 

うまく言えないのですが、
その流れに飲み込まれていくと……

飲み込まれる私と、
私を飲み込む大きなものは、
本当には別物ではありえないことがわかる。

 

それは、とてもスイートな味わいなんです。

誰かに恋に落ちるときの、
あらがえなさ。

 

あのスイートさに似ている。

だから大好物。

 

 

あるいは、
赤ちゃんが高い高いをされるような感じに
近いかもしれない。

 

なんだかよくわからないし、
ちょっと怖い。

 

視界から人が消えて、
ありえないほど遠くへ、
たった一人で放り出される。

 

けれど、
確かなものに支えられている。

 

でも、その確かなものは見えません。

 

見えないけれど、
確かに支えているものがある。

 

そんな感じです。

 

どこに行き着くかは謎ですが、
 

自我としては、
今年中には終わったらいいな、
なんて思っています。

 

自分の動きを静かに見ていると、
翻訳のような少し珍しい行為じゃなくても、
日々のあちこちで、
大きな何かが自分を動かしていることに
気づく瞬間があります。

 

ふと誰かに連絡したくなる。

 

なぜか急に、
部屋を片づけたくなる。

 

もう終わったと思っていたことを、
また始めたくなる。

 

そういう小さな動きの中にも、
私たちを運んでいる何かが
現れているのだと思います。

 

あやつられている。

そんな感じではまったくなくて、

 

高い高い!
みたいな感じなんじゃないかしら。

 

ちょっと怖い。
 

どこへ向かうのかわからない。

 

でも、確かなものに支えられている。

 

あなたにとって、
それはどんな感じですか?

 


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