こんにちは 岡田歩です。(自己紹介はこちら)
先週末、ちょっとした緊急事態があって、
急遽、一泊で帰省しました。
その合間に、高校時代の仲良しの友人に、
数年ぶりに会って飲みました。
部活が一緒で、
毎日放課後に話して、
その上、一日おきに電話で数時間話していた友達。
当時は、私の人生の中でも、
家の混乱が最強暗黒の時代だったんだけれど、
友人と、和気あいあいな高校生活に、
ずいぶん救われていました。
それぐらい仲がよかった友人と、
一回だけ、喧嘩をしたことがあります。
ここまでは、二人とも同じ認識。
ところが、話を突き合わせてみると、
その「一回だけの喧嘩」の内容が、
まったくの別件でした。
私が喧嘩だと思っていた一件は、
彼女にとっては喧嘩ではありませんでした。
彼女が喧嘩だと思っていた一件は、
今思い返してみれば、
彼女が怒るのも無理はないと思うような、
とても心ないことを、私が言い放った件です。
でも、当時の私は、
ひどいことを言ったつもりもなく、
それを喧嘩とも思っていなかった。
だから、ほとんど記憶から消えていたんです。
たった一回の喧嘩を突き合わせた結果
「あれが本当は嫌だったんだよね」
という話になって、
「え、そんなつもりじゃなかった」
「いや、でも私は傷ついた」
みたいに、気まずい雰囲気に……
まったく、なりませんでした。
二人で、
記憶って、あてにならないね。
と、記憶の不思議さに、驚いたんです。
そうなんです。
脳は、記憶を録画のように保存しているわけではありません。
記憶を思い出すときには、
バラバラに保存された情報が、
その都度つなぎ合わされて、再構成されます。
思い出す瞬間の気分。
体調。
安心して話せる空気があるかどうか。
気温や環境。
そうした今の状態によって、
どの断片が呼び出されるか、
どの断片同士がつながるかが変わります。
たとえば、
「たった一回の喧嘩」というラベルのついた記憶が思い出されるとき、
昨日思い出したときは、
A → B → C
という流れだった記憶が、
今日思い出したときには、
A' → B' → D → C'
という流れで思い出されることがあります。
AとA'、CとC'と書くと、
なんとなく似たもののように見えますよね。
でも、実際にはそうとも限らないんです。
似たような入口から始まっているようで、
実際には、別の断片がつながっていることもある。
それでも私たちは、
「同じ記憶を思い出している」
と感じます。
それは、脳には一貫性を保つために、
断片が少し違っていても、
「同じ話」としてまとめておく機能があるからです。
日常生活にとっては、便利な機能ですよね。
でないと、カオスすぎるもの。
だから、記憶って、固定された実体って本当はないんです。
過去に起きたことを否定する、という話ではありません。
出来事は起きた。
言葉も交わされた。
誰かが傷ついたこともあった。
自分が未熟だったこともあった。
もちろん、そこを、なかったことにする話ではありません。
ただ、その記憶を思い出している今、
私たちは過去そのものに触れているわけではないんです。
今の身体。
今の気分。
今ならわかること。
その人との今の関係。
安心して話せる空気。
そうしたものが混ざり合って、
私たちはその出来事を、今の自分として思い出します。
今回、友人と話していて感じたのは、
まさにそこでした。
たった一回の喧嘩の記憶は、
「昔、こんなことがあった」という過去の話としてではなく、
今この瞬間に、
二人の間にある温かさや、笑いや、つながりを感じるための
きっかけになっていました。
あの頃の私は未熟で、
心ないことも言った。
それでも、今こうして一緒に笑っている。
その記憶を一緒に眺めながら、
このめぐり合わせの不思議さと、ありがたさを感じました。
リアルだったのは、
記憶の中にある過去ではありません。
その記憶を一緒に眺めている今、
二人の間で起きていた温かさ。
それは、頭の中で再生された過去ではなく、
その場で本当に感じていたものでした。
過去は、今ここにはありません。
どれほど鮮明に思い出されても、
それは今この瞬間に現れている記憶です。
私たちは、過去に触れているようで、
実際には、今ここに現れている記憶と感覚に触れています。
そういう意味で、過去は幻想です。
でも、その記憶をきっかけに、
今ここで起きている温かさや、笑いや、二人の間の響き合いはリアルです。
苦しかった記憶を、
無理やりポジティブなものに変える必要はありません。
誰かに傷つけられたことを、
「よかったこと」にしなくていい。
自分が誰かを傷つけたことを、
なかったことにしなくていい。
でも、その記憶に触れている今、
そこにある身体の感覚や、呼吸や、温かさに気づくことがあります。
それは、過去を変えたからではありません。
今ここで、実際に起きていることに気づいているんです。
たとえば、少し呼吸ができる。
身体の力が抜ける。
あのときは見えなかったものが、少し見える。
それは、頭の中でつくった前向きな解釈ではなく、
今ここで、本当に感じていることです。
そしてね、私はかなり記憶力が悪いんですが、
友人はものすごく記憶力がよくて、
私が忘れていたいろんな黒歴史を、
次々と思い出すことになりました。
あー、忘れていたままでいたかった〜(笑)
でも、そんな友人も、
私の母が経営していたスナックの店名が
「一寸法師」だったと言って譲りません。
黒い名刺をもらって、
そこに「一寸法師」と書いてあったのを、
はっきり覚えているというんです。
っていうか、
「一寸法師」って何?笑
どこから出てきたのか謎すぎです。
店名は、母の好きな越路吹雪の持ち歌からとった
『セラヴィ(これが人生さ)』です。
記憶って、変だね。
そう言いながら、
大笑いでハートが広がった夜でした。
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