マンガで読破シリーズの続編です。

16冊購入した内 すでに6冊は読み終わりました。

さすがに読みやすいですね。

読みやすいけど 内容は深い!これが たまりません。

書評については ひとつずつ味わいながら書いていこうと思います。

何せ中身は濃いいものばかりですから、書評を書こうと思ったら最低3回 多い時は5回読み返しています。

ちなみに 前回の「メタボならない脳のつくり方」の場合も5回は読み返しました。

趣味の一環ですが、すごく 勉強になっています。


今日は「武士道」です。


諸外国では、子供に善悪の基準を教育する場合 その道徳観の基準には宗教教育があります。

ヨーロッパの国の多くでは「キリスト教」です。

では、日本において善悪の基準を子供に教える場合は 何を基準においているでしょうか。


何が正しく、何がいけないことなのか。

国教の無い日本においては、「宗教にかわる何か」があってその基準に基づいて教育されているのです。


新渡戸稲造は外国人との交流を深める中で、日本人の道徳観・・・ものの考え方の基本を説明しようと 外国人向けに英文で書かれたのが 

「BUSHIDO」 THE SOUL OF JAPAN (1900年)

なのです。

ヨーロッパの人は、薔薇の花を愛するように「騎士道」を愛し、

日本人は、桜の花を愛するように「武士道」を愛した。


「武士道」とは、ひとりの人物が決めた思想ではなく、

武士社会の成長とともに口伝えされていった

格言のようなもので


サムライだけでなく広く庶民にも浸透し

やがて、「大和魂」

すなわち、日本人の魂となりました。


武士の道徳律は

「義」 「勇」 「仁」 「礼」 「誠」 「名誉」  「忠義」


①「義」とは

人間としての正しい道・・・つまり正義を示すものであり、武士道でもっとも厳格な徳目である。

「義を貫く」 基本は「フェアプレイ」の精神である。

戦国時代、塩がなくて困っていた武田信玄に、ライバルの上杉謙信が「塩を送った」話はあまりにも有名である。

謙信曰く、「信玄公と戦っているのは、弓矢の上であって、米や塩で戦っているのではない。」

「敵に塩を送る」ということわざがあるように、卑怯な手をを使わない美学があったのです。


また、「義」は体に例えるならば骨のことである。

つまり、才能は学問があったとしても、「義」の精神がなければ武士ではないのです。

さらに 「武士は食わねど高楊枝」のことわざにあるように

「打算や損得から離れ「自分が信じることを貫くことが武士の正しい姿」とされました。


②「勇」とは

義を貫くための勇気のことである。

「義をみてせざるは勇なきなり。」(論語より)

勇気とは正しいことを実行することである。

勇気といってもわざと危険を冒し、討ち死にするのは単なる、「犬死」と呼ばれ 武士道ではこれを「匹夫の勇」(ひっぷのゆう)としてさげすんだ。

これに対し、生きるべきときに生き、死ぬべきときに死ねる本当の勇気を「大勇」という。

武士は、幼少の頃から、「匹夫の勇」と「大勇」の区別を学ぶのだ。


勇気の精神的側面は「冷静さ」である。

武士にとって「犬死」はつまらない行為だが、自分が間違いと思うことに対してはためらうことなく、命をかけて戦わなくてはならなかった。

「義」の精神をいくら机の上で学んでも、自分より強い暴漢に怯えて実行できなければ無意味である。

「勇」をまっとうするためには、肉体的強さも必要なのである。

そのため、武士達は精神修行と共に、肉体を鍛える「文武両道」を追及するようになった。


③「仁」とは

人間としての思いやり、他者への憐みの心のことである

高潔で厳格な「義」「勇」を男性的な徳とするならば、「仁」は女性的な優しさ 母のような徳である。

「義に過ぐれば固くなる 仁に過ぐれば弱くなる。」(伊達政宗)

「義」と「仁」はバランスが大事なのである。


「優しさ」は時に裏切られることがあります。

だからといって、「仁」の力を疑うものは

「薪についた大火を茶碗一杯の水で消せなかったと言って、水で火が消せないといっているのと同じである。」(孟子)

難しいことだが、他者への思いやりを忘れてはならない。

「仁」の精神は人の上に立つ者の必須徳目である。


④「礼」とは

「仁」の精神を育て、他者への気持ちを尊重することから生まれる謙虚さが、「礼」の根源である。

「礼」とは他者に対する優しさを型として表したものである。

日本では、古来からお辞儀の仕方、歩き方、座り方など細かな規範が作られ、かつ学ばれてきた。

食事の作法は学問となり、茶の湯は儀式を超え芸術となった。


「つまらないものですが」 贈り物をするときの作法で 日本人がその品物の値打ちを軽く表現することに、欧米人は強い違和感を感じるようです。

アメリカ人なら、

「こんなに素晴らしいものです。そうでなければあなたにあげません。あなたに失礼ですから。」

日本人なら、

「あなたは立派な方です。私の気持ちを受け取って下さい。この程度の品を最高のものだといったら立派なあなたに失礼ですが・・・」


アメリカ人が「贈り物そのもの」に心を向けるに対し、

日本人は、「送る気持ち」に心を向けている・・・

相手を思う気持ちは共通していると言える。



⑤「誠」とは

誠とは、文字通り言ったことを成すことである

「武士に二言無し」という言葉は、この「誠」から生まれた。

武士にとって嘘をつくことや、ごまかしは臆病な行為とみなされた。

真実性と誠意が武士の行動規範そのものなのである。


⑥名誉とは

名誉とは、名を尊び自分に恥じない高潔な生き方を貫くことである


「名誉」の概念は、外聞や面目などの言葉で表わされるが、裏を返せばすべて「恥」を知ることである。

「恥」は道徳意識の基本であり、武士の間では、羞恥心を知ることを幼少の教育においてまず始めに行われた。

また、武士達は、「どう美しく死ぬか」を追及したが

それは同時に、「なんのために生きるか」・・・という哲学に帰着する。


⑦忠義とは

忠義とは主君に対する絶対的な従順のことである。

一見その本質は、日本の封建社会が生み出した政治理念のようにも見えるが

古代ギリシャの哲学者達も同じようなことを言っている。

「あなたは 今まで国家に生まれて教育されてきたのに自分が国家の家来でないと国家に言えるのか」(ソクラテス)

主君の命令は絶対でだったが武士は主君の奴隷ではなかった。

主君の間違った考えに対しては、本物の武士たちは、命をかけて己の気持ちを訴えた。

忠義とは強制ではなく、自発的なものである。

武士達は、あくまで己の正義に値するものに対して、忠義を誓った。



新渡戸稲造が、100年余り前 

渾身の思いで「日本の魂」をつづってくれた「武士道」

海外の人は日本人に対して、この「武士道精神」を期待するという話を耳にする。

この本を読んで今の日本の世情の思いをはせて恥ずかしい思いをしているのは私だけではないだろう。

尊い「日本の心」を取り戻すのに まだ遅くはないと信じたい。 


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代表取締役 田中勇一
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