13年目の奇跡 ⑳

テーマ:

         

  社会復帰への挑戦

 

日本に戻って3年、

 

再発してからは、

もう5年の月日が経とうとしていました。

 

 

・・・

 

 

その頃東京で一緒に暮らしていたまあこは、

結婚して、関西に移ることになった。

 

彼女の紫斑病の治療は、

退院後も、

謎の激痛がおさまってからも続いており、

まあこの顔は、ステロイドの副作用で

膨れたように大きくなっていた。

 

 

その彼女を、

入院中、

退院してからも

かいがいしくサポートしてくれていた友人と

まあこは結婚することとなった。

 

 

その少し前、

二人で結婚を考えていると、

実家の両親に話をしに来た時、

 

母が、

「 この娘はこんなに顔が腫れあがってしまって

 このまま、この顔のままかもしれない。

 もう戻らないかもしれない。

 それでもいいの? 」

 

と彼に聞くと、

 

「 僕は彼女の顔だけじゃなく、

  彼女が好きなんです。」

 

と、言ってくれたそう。

 

のちに、母がそのことを

二人の結婚式のスピーチで話し、

 

涙ながらに、

「 わたしは、主人に、

 そんなことを言われたことはありません。。」

 

と、爆笑をとっていた。。

 

 

 

そうして二人は

晴れて結婚し、

 

 

それに伴い、

私も関西へ戻って、実家で暮らし始めた。

 

 

両親は喜んでくれたけど、

仕事もできない状態で

実家で暮らしているのは辛く、

 

痛々しい姿を間近で見せ続けることは、

たまらなく、やるせなかった。

 

 

東京での暮らしと違い、

ご近所さんとのお付き合いがあり、

しばらく経つと、

その目も気になるようになってきた。

 

 

30歳を過ぎて、

仕事もせずに親のお世話になっていること。

 

病気のことは、話しても中々分かってもらえない。。

 

目に見えて分かる病気ではない壁が、

私と周囲とを隔てているように感じていた。

 

 

激痛は依然、変わらない。

 

治る見通しも、ない。

 

なら、

出来る範囲で、出来ることをしよう。

 

 

私は短時間のアルバイトを

始めてみることにした。

 

 

実際、どこまで

体が動いてくれるのかは分からない。

 

けれど

 

週に2回。

5時間の事務仕事。

 

 

激痛に襲われていても、

週に2日なら何とかこなせる。

 

 

仕事は、

とあるオーベルジュホテルで

英語を使う機会もある事務で、

内容も面白そうだった。

 

 

その場所は、実家から離れていたので

私は豆たんに相談し、

彼にサポートしてもらいながら

実家を出て、職場近くの街で暮らすことにした。

 

 

両親にすれば、

突拍子もない話だったけれど、

 

全く先が見えない状況で、

何かを始めることは

何もしないでいるよりも良いのではと、

送り出してもらった。

 

 

 

実際に働き始めると、

 

色んな方に出会え

新しい世界を知れて

痛みは辛くても、

仕事に行くことは、とても楽しかった。

 

 

気持ちは晴れるし、

社会に居場所があるのとないのとでは全然違う。

 

沈んでいた心が、活気を取り戻して行った。

 

 

 

けれど、

 

心とは裏腹に、

私の体は、急激に悪くなった。

 

 

アルバイトを始めて1か月後、

左足の親指の付け根が

ズキズキと激しく痛み出した。

 

痛みはすぐに足の裏までまわり、

足裏が

ゾウの皮のように固く、熱く、腫れ上がった。

 

 

左足裏は

焼けるような痛みに覆われ、

 

熱い痛みは、

すぐに右にもまわり、

右足裏までが、同じように、固く熱く腫れ上がった。

 

 

激痛が脚から頭へと走る。

 

 

両足裏ともに、腫れてしまった。

 

 

こうなると、

一歩も歩けない・・・。

         

      

再発して以来、

ここまで腫れあがることはなかった。

 

 

 

彼が私を背負う様にして、

整形外科へと連れて行ってくれた。

 

 

部屋から歩いて5分ほどの場所。

けれど、

5分も背負われることに耐えられない。

 

豆たんは、

私を車に寝かせ、

病院の近くまで車で行き、

そこから背負ってくれた。

 

 

こんなに腫れているのだから、

今回は、

何か分かるんじゃないか・・・?

 

二人でそう期待したけれど、

検査をしても

異常は見つからなかった。

 

 

西洋医学では駄目なんだ・・・。

 

 

二人でうなだれて

病院を後にした。

 

 

今まで痛みに耐えながらでも続けていたアルバイト。

 

でも、歩けなくてはどうしようもない。

 

私は事情を話し、

しばらく休ませてもらうことにした。

 

 

楽しかっただけに、

たったの1カ月しかもたなかったことが、

悔しくてならなかった。

 

 

やる気があっても、

いつも痛みに、炎症に、邪魔される。

 

 

私の行く手、行く手を阻んでくる。

 

自分の体が恨めしかった。

 

治せない自分にも腹が立った。

 

 

私は、ノートに書きなぐっていた。


 

人生が私に教えていること

絶望して生きろ!

 

願いを持って努力しても、全部摘み取られる。

人生に降参するのか、挑戦するのか。

 

健康な体に戻りたい! 

治す!治す!治す!

 

望みを叶えたい。全て。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                              音符

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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13年目の奇跡 ⑲

テーマ:

 ソウルメイト

 

 

私は、静かに見つめ直したかった。

 

今置かれている状況。

望む未来。

打開策。

 

。。

 

 

そうして、数か月が経った頃、

その後の闘病生活を支えてくれる人に出会った。

 

その方に会った瞬間、

あったかいエネルギーで

部屋全体が包まれたような感じがした。

 

 

まあこの知り合いだった彼は、

彼女が話す私のこれまでの経緯を、

真剣に、そしてとても辛そうに聞き入っていた。

 

 

「 そこまで私のことを、私にとっては初対面のこの方に話さなくても… 」

 

 

自分のことをさらけ出すのが苦手な私は

最初はそう思ったけど、

包み込むようにまあこの話を聞いている彼に、

この方になら全部話してもいいや、と思えた。

 

 

まあこの話は、1時間をゆうに超え、

その間、

彼はお茶うけに出した山盛りの豆菓子を

ずっと食べながら聞いていた。

 

話が終わったころには、

すべて平らげていた彼を

私たちは、

「 豆たん 」と呼ぶようになった。

 

部屋に貼ってあったカレンダーの

豆シバに

どことなく似ていたのもあった。

 

 

豆たんは、学生上がりの私にとっては

社会経験が豊富で、

経済的に自立していて、とても頼もしい人だった。

 

生命の根っこみたいなのが太いというか、

根っからポジティブで、私とは正反対。

 

彼と話していると、

上を向いていける、

押しつぶされそうな苦しみの中でも

今を楽しんで生きていける、

そんな風に思えた。

 

 

上も下も分からない、

どう進んだら良いのかも分からない

濁流の中で、

悠々と現れた彼は、

生きる上での道しるべの様に思えた。

 

 

出会ってすぐから、

私たちはたくさんの話をして

たくさんの時間を過ごすようになった。

 

彼は私の状態がどれだけ酷い時でも、

いつも心を明るくして、救ってくれた。

いつも笑顔だった。

 

 

「 絶対に治る!治せる! 」

「 医術も日々、進歩している。絶対に、治せる日が来る!」

 

そう言って、

痛みに効果がある、

と言われている治療法や情報を

私の元にどんどん運んで来てくれた。

 

医学書をわざわざ取り寄せてくれたこともあった。

 

考え方の幅を広げられる様な本も買って来てくれ、

何か効果があればと期待して、

私は色んなことを試した。

 

寝ながらできる体操や、

呼吸法、感謝の言葉を言う、

EFTタッピングセラピー、

自律神経を整える方法。。

 

試したことは

無数にあった。

 

 

彼は、私の心の奥底に溜まった、

ドロドロとした感情のはけ口にもなってくれた。

 

 

それまで弱音を吐かなかった私が、

ようやく、痛みに束縛されている人生についての思い、

不平不満を打ち明けることができる相手だった。

 

 

どうしてこんな事に?

どうしたらいいの?

 

もう苦しい!

辛い!

 

 

・・・・死にたい。

 

 

映画を見て、

美味しいものを食べて、

喋って

笑って ・・

 

どんなに楽しい時間を過ごしていても、

心の底に沈んだ思いは変わらなかった。

 

 

弱音を吐いても仕方がない。

 

 

そう思っても、最後にはたいてい、

本音を吐露していた。

 

 

彼は辛そうに、受け止めてくれた。

 

「 分かる、分かる。。。」と、

時には目に涙を溜めながら。

 

 

辛い日々が続いていたけれど、私は幸せも感じていた。

 

 

原因不明の病を抱えている厄介な私を、

損得なしに大切に想ってくれる彼の存在。

 

 

それは、希望が見えない日常の中で、

自分に生きる意味を与えてくれた。

 

 

そして、いつも何かあれば駆けつけてくれる妹の存在。

 

 

「 代われるものなら代わってあげたい… 」

そう言ってくれる母親の存在。

 

 

「原因不明」と言われても、

目には見えない私の痛みを、

そのままに信じてくれる家族の存在。

 

 

私には、

私を受け入れてくれる場所があった。

 

それが、何よりの救いだった。

 

 

                   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              

 

 

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13年目の奇跡 ⑱

テーマ:

  濁流   2

 

 

紫斑病を診てくれていた医師は、

全身が痛むことはないはずと、

妹の主訴に否定的だった。

 

 

少し体を動かすだけでも

悲鳴あげるほどに痛がる妹。。

 

 

姉妹そろって、

原因不明の痛みを抱えてしまった。。

 

 

 

自分の全身痛には慣れていたけど、

妹まで痛みに襲われているのを見るのは、

やるせなかった。

 

 

まあこは、周りの人のことを

放っておけない性分だった。

 

私の事も、いつも親身になって世話をしてくれていた。

 

私に同情するあまり、

彼女の体も

同じ症状を持つようになったんじゃないか・・・

そんな気がした。

 

 

そうして、

痛みの病院を調べてくれていたまあこが、

 

 

「ここ行ってみない?」

 

と、

リュウマチ内科のHPを見せてくれた。

 

 

「 もうどこへ行ったって無駄だよ。。 」

 

 

そう内心思いながら、

妹が開けたPCをのぞき込んでみた。

 

 

HPには、痛みを抱える患者の辛さを

細やかに綴ってくれている医師の言葉があった。

 

 

・・・ここなら何か分かるかもしれない!

  助けてくれるかもしれない!

 

 

私たちは予約を取り、

翌週には、

そのリュウマチ内科の個人医院を訪れた。

 

 

車で2時間近くかかる場所だったため、

到着した頃には、いつもの様に呼吸が上がって、

私は蒼白になっていた。

 

 

医師は、

とても親身になって病状を聞いてくれた。

 

 

それは再発以来、

体験したことがなかったことで

 

「 頑張って来て良かった・・・」

 

わたしは、心から安堵した。

 

 

そこで、両手両足のサーモグラフを撮った。

初めて受ける検査だった。

 

 

私のサーモグラフは、手首から下が真っ青で、

手首から上は真っ赤だという。

 

 

「 普通はグラデーションになるものなんですけどね~。

う~~ん。。正常な状態ではないですね・・・ 」

 

 

再発以来、初めて病院で

「 正常ではない 」と言ってもらえたことが、

本当に嬉しく、救われた思いがした。

 

 

サーモグラフの結果と発病した経緯から、

私は「 反射性交感神経性ジストロフィー 」ではないかと診断され、

妹は、「 線維筋痛症 」と診断されていた。

 

 

「 妹さんの方は治って行く可能性があります。

 でもお姉さんの方は、時間がかかるでしょう 」

 

そう言われた。

 

 

時間がかかっても、

治る望みがあるのなら、かまわない!

 

ようやく治療してもらえる場所を見つけられ、

嬉しかった。

 

 

医師は、テグレトール(神経痛の緩和)、

ミオナール(筋肉のコリをほぐす)、パキシル(抗うつ剤)を処方された。 

 

 

けれど、

パキシルは服用すると気持ちが悪くなったので、

医師に伝え、すぐに服用を止めた。

 

 

抗うつ剤系は、

決まって気持ちが悪くなる。

 

そして決まって、

この世の終わりのような気分になる。

 

 

もう、どうでもいい。。

 

 

そんな気持ちで

すべてを投げ出してしまいたくなる。

 

私はいつも、危機感を感じて

抗うつ剤を飲むのを止めていた。

 

今思うと、

それは最良の選択だったと思う。

 

 

他の薬は飲み続けたけれど、

悲しいことに、痛みに変化はなかった。

 

 

まあこは、行く度に痛む関節にヒアルロンサン酸注射をしてもらっていた。

 

私には電気治療が施されていたものの、

重く溜まった痛みに変化はなかった。

 

 

医師は、QOLを高める為の色々な相談に

乗ってくれた。

 

きしむ関節にサポーターをつける事を

薦められたのもその一つ。

 

私は、

「 依存心が生まれるから、我慢できるなら薬や

介助グッズに頼らない方が良い 」

と思っていた。

 

けれど、

「 少しでも楽になり、

生活の質が向上するのであるならば、

 我慢せずにどんどん使ったらいいですよ!」 と言われ、

辛かった膝や手首に

サポーターを付けるようになった。

 

 

起き上がっている時は、

腰にもサポーターを使うようになった。

                      

 

そんな中、まあこの症状は、

ある時を境に劇的に変化した。

 

 

そんな状態でも、

友達のために文字通り走り回っていた妹。

 

鍋がないと言われれば鍋を持って。

背中がかゆいと言われれば、背中を掻きに。

 

そんな理由ではないけれど、

友達に必要とされれば駆けつけて

あれやこれやと手を尽くす妹。

 

 

そうして気づいたら、

走れるようになっていたと言う。

 

 

良かった・・・。

 

 

いつも人のために

心を砕いている彼女が治るのは、

当然のことのように思えた。

 

 

私は、炎症が治ったと思った瞬間を思い出した。

 

荷物を運ぼうと、膝を曲げた時。

 

 

妹にも、その瞬間が訪れたのだ。

医師が言った通り、妹の症状は完治した。

 

 

 

私は、変わらなかった。

 

 

 

アメリカで支えてくれていた彼は、

日本で仕事を得て側にいてくれていた。

 

 

けれど、彼が日本に来て1年が過ぎたころには、

お互いに限界が来ていた。

 

 

彼は、毎日仕事に出る。

私は、痛くて、動けない。

 

 

「 動けないのは、痛みのせいじゃない。

 怠けているだけだ。」

 

彼が、そう言うようになった。

 

 

変わらない、変えられない状況に、彼も苛立ちを覚えているのが分かっていた。

 

彼にしてみれば、

楽しみにしていた日本での生活。

 

働くようになり、

学生の頃と違って、

お金の自由がきくようになり、

 

スノーボードに行ったり、

旅行に出たり、楽しいことが沢山ある。

 

 

だけど、私とはその楽しみを、

ひとつも分かち合えない。

 

何より、わたし自身が、

分かち合おうとしていなかった。

 

 

一緒に行こうと行ってくれても、

一緒にいるだけで、

彼にもその友達にも迷惑をかける。

 

車での移動も

少し歩くことも、

私には激痛で

行くこと自体が、

想像するだけで苦痛だった。

 

 

 

私は別れよう、と伝えた。

 

 

自分と一緒にいることが

彼にとって幸せだとは思えなかった。

 

 

せっかくの、

日本で暮らせる機会。

 

 

彼には、健康で、自立していて、

日本での経験を一緒に楽しめる、

そんな方といて欲しかった。

 

 

 

話をすると、

彼は別れるつもりはないと、

きっと、病気だって良くなるはずだから

と言ってくれたけど

 

 

でも・・・

 

 

どんな未来があるというのだろう。。

 

 

自分でもどうすれば良いのか分からない人生に、

これ以上、彼を巻き込む気はなかった。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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