いよいよ本格治療の時が迫ってきた。

 

ガンと言えば抗がん剤治療。

 

誰もが想像する治療だが、私の場合は、コロナや白血病の種類によって、入院してから約二カ月と通常より遅いタイミングでこの治療をスタートさせることになった。

 

吐き気、発熱、脱毛など、至極有名な副作用があることは当然知っており、密かにその恐怖を想像しながら日々過ごしていた。

 

治療の前に一つ行うことがある。

 

カテーテルの挿入だ。

 

中心静脈カテーテルと言って、二の腕や首の血管あるいは鎖骨付近の血管を用いて、管の先端を体の心臓近くの血管まで届かせるもの。

 

私の場合、右の二の腕から挿入し、心臓近くまで到着させる処置を行った。

 

治療に関連した薬はほぼ中心静脈カテーテルから投与することができ、直接中心静脈へ浸透させることができるので、通常の点滴よりもダイレクトな効果を得られる。

 

また、採血もカテーテルから可能になるため、体に針をさす回数は格段に減らすことができるなど、体への負担も軽くなるメリットがある。

 

この手術が少々恐ろしかった。

 

当然麻酔をして行うのだが、想像してみてほしい。

 

なんだかわからない管が血管に入り、心臓近くまで到達することを。

 

想像しただけでも私には恐ろしくてしょうがなかった。

 

未だに飛行機が飛ぶことや、高層マンションが立っていることが信じられない人間である。

 

担当は若い先生だった。

 

骨髄液の採取や背中の抗がん剤注射など、いつも執り行ってくれる先生なのでもちろん信頼はしていたが、どこかまだおぼつかないところもある。

 

管の挿入に失敗して、心臓が破裂でもしたら・・・

 

そんな要らぬことを想像しながら、カテーテルの挿入が始まった。

 

こういった手術は必ず二人体制で行う。

 

一人がしっかりチェックを行いながら進める。

 

当然だが、意外と時間はかかるもので、モニターを見ながら少しずつ少しずつカテーテルを挿入していく。

 

「順調に入っていっていますからね」。

 

そう言葉を掛けられると安心する。

 

徐々に管が心臓へ近づいていく中、恐れていたことが起きた。

 

コクコク、ドキドキ、ドクドクドク。

 

ん、何かおかしい。

 

動いてもいないのに、心臓の急に激しく鼓動し始めたのである。

 

私の様子に異変を感じたのか、もう一人の監視ドクターが脈に手を当て「イレギュラー、イレギュラー」と担当医に伝える。

 

担当医は一瞬ポカンとしながら、監視ドクターは冷静に「脈拍イレギュラー。一旦15センチ引いて、また挿入して」。と冷静に伝えた。

 

管が引かれると鼓動は収まった。

 

管が入り過ぎる事で心臓の何がしかに接触し、脈拍に異常が生じるのだ。

 

これが何とも恐ろしい。

 

突然、鼓動が激しくなり自分ではコントロールできなくなるのである。

 

これを数回繰り返しながら、管を目的地付近へと近づける。

 

何とか、無事にカテーテルの挿入が完了した。

 

若い担当医はこう言った。

 

「かなり上手くいきましたからね」。

 

とてもすっきりとしたドヤ顔だった。

 

この先生は正直者なので、本当にうまくできたんだなと実感した。

 

担当医はその場で写したレントゲンですぐにその位置を確認し、改めて「バッチリ入ったので大丈夫ですよ!」と言って、上機嫌で帰っていった。

 

あー怖かった。

 

さあ、いよいよ抗がん剤投与がスタートである。