チンドンコーリング二○一四。
四月四日金曜、
晴れたり、曇ったり、嵐になったりと大忙しなお天道様。
富山大空襲によって町の99.5%が焼失した富山市。
戦後から10年、復興と賑やかさを取り戻すべく始まったチンドンコンクール。
だが、今となってはそれほど地元民が楽しみに待ち焦がれてるイベントなのかどうかは微妙なところ。中弛み感があります。
やはり、晴れても雨でもコンクール自体が体育館でやるのは如何なものか?
以前のように、晴れたら噴水公園でやれば良いのにと思っています。
それでもチンドンマンは桜並木や町中を練り歩き、楽しみにしてる年配層を中心に盛り上げてはいる。
更に、花見客、素人写真家達の御蔭で盛り上がってる感もある。
ただ、ポッカリと穴が空いている世代が20代前半、30代、40代前半では無いか?!
かなり少ないと思われます。
折角のイベントを浅い知恵と下らない判断基準で進行させ過ぎたツケみたいなものがある。
根底にあるべきなのは賑やかな祭り感だと思うし、企業感、役人感、警備や整備感は感じたくない。
富山一デカイ祭り、山王祭も近年は警察の警備や整備が増えて、
全体的にイイ意味のヤクザ感が薄れて、入墨などが見え隠れしたドキドキワクワクした、僕らの子供の頃と比べ、かなり健全、統一化が進んだ。
国家権力の監視や規制の強化により、
グダグダな大人、ヤンチャな若者、陽気な兄ちゃん、優しい姉ちゃん、気さくなおばちゃんが出てこなくなってきた。
老若男女、浴衣を着る人も減った。というか、ほぼ居ない。
富山市中心街、一度は燃え尽きた町。
10年前、20年前、30年前を思い返してみよう。
10年前、まだ西武デパートもあったし、若者向けの服屋も多かったし、飲み屋もあった。裏路地にはまだ昭和のニオイが漂ってた土曜の夜は人がまだ居た。
20年前、土曜日も日曜日も総曲輪通りや中央通りにもテナントは埋まり、人も平日ながら居た。裏路地や古い映画館も健在。
30年前、正月の初売り、山王祭りは、今じゃ考えられないほどの人出だったし、少し田舎の人たちは、バスに乗って
”町”に行くという意識が確実にあった。
そう、人や店が溢れた、賑やかな”町”を目指して出掛けていたのです。
それが今や何だ?
富山大空襲で焼け残った大和デパートを取り壊し、近代建築を建てようとしたり、
富山城をハリボテのように真っ白に塗り上げ、しかも青色で照らす暴挙。
未来的なデザインの丸いフォルムと化した、チンチン電車。
いつかマンションを建てる計画があるとかで、土地を売るために、家賃を下げて物件価値を下げることを躊躇い、家賃を下げないまま空きテナントを増やした地主商店街たち。
結果、若者の姿が著しく減り、町の中心部はシルバー色に大半が染まりつつある。
若者向けの明るい兆しも、中にはある。
だが、全てに浸透するまでには後10年はかかるかもしれない。
少し外れた花水木通りには若者向けの新しい文化を発信してる店も増えた。
そこから中心街まで流れが繋がるのか、繋がらないのか?!
それは、今と過去を知って嘆いている自分たちの責任だと思う。
ツマラナイ町を作り続けてくれる役人たちが30年前の活気を取り戻せるとは到底思えない。
花水木通りにあるような店が中心街で当たり前に見れるようになるにはどうすればいいのかが本気で解ってる人間はいるのかな?
空襲で燃え尽きた昔風情な町の再生をやろうと思った人間はいるのか?
何でもかんでも近代的にすりゃイイってもんじゃねぇだろう。
過去と今、そして未来を見据えることと感じること。
侘、寂、幽玄。
僕に、この意識を植え付けて、新たな意識の扉を開いてくれたのが切腹ピストルズであります。
今の富山の町は、僕からみたら寂であります。
ただ終わり行く町に、
幽玄の種も見え隠れしています。
今回の我がチンドンコーリングも僕なりの幽玄であります。
切腹ピストルズの力を借りて、現代のヌルい町に対して、表現の革命。
既成概念の向こう側から、
今まさに蝉が誕生した時の透明な姿と化した、チンドンコーリング幽玄。
頭の堅い役人たちに対する既成意識に向けての破壊行為。
無茶は百も承知。
だけどヤらなきゃ、何も変わらない。
真面目な人たちには迷惑をかけたでしょう。
誰も暴力を振るわない音と練り歩きによる表現の革命。
こんなことをやって何の意味がある?
意味はある。
自己満だろうが、もう10年前から思い続けてることだ。町に未来を感じられない。
我が居を富山市中心街に置いた今こそやらなきゃいけないと思ったんです。
許可がない?
許可取りに行って却下という、規制の限界というリスクを背負うくらいなら、
規制を飛び越えて突き進みたい。
新たな規制を敷けばいい、また新たなアイデアと、既成概念を越えた意識と表現で進み、ねじ込む間口を拡げてやるまでだ。
アイデアの閃き=幽玄と捉えました。
幽玄の種は皆の頭にも必ずある。
其れを形にするにはやはり、生身の行動でしかない。
他力に任せてこのザマかと嘆く卑怯者じゃなく、
自力で捻り出したアイデアと賛同した仲間と共に進んで開いていきたい。
ハコものイベントもイイが、お金じゃ換算出来ない、一瞬の閃きと輝きを路上に咲かせた今回のチンドンコーリング。
切腹ピストルズはやはり最高でした。
アーケードの端から端まで響く、鐘と太鼓と篠笛と三味線と下駄の音。
陳腐なアイデアで近代的発展を目論む役人たちに、奇襲警報を鳴らした。
チンドンマンたちの逆から練り歩き、本家チンドンマンたちが逆走退散したが、
一部チンドンマンは笑顔で加勢していた。
規制やルールを越えた意識レベルの繋がり、共鳴があった。
慌てふためいた主催者。
止めるだけでなく、すれ違う瞬間の融合という形を、あの合間に指示できるほどのスキルは持ち合わせてはいなかった。
一部チンドンマンたちとの融合も出来た瞬間はあったし、不可能ではなかったはず。
加勢してくれたチンドンマンの一人、ミドリさんが言ってくれた、
”祭りなんだからイイじゃんね、行っちゃえ行っちゃえ”
後ろを振り返ると、老若男女が笑って見てたり、付いてきてた。
制止を振り切り更に進んだら警察も出てきた、
音を強制的に止められる最悪の自体になる恐れを感じ、ギリギリ回避を提案したが、
切腹ピストルズは音を切らすことなく突き進んだ。
そして、
主催者に最後に浴びせられた言葉。
”主催者は俺だ!だから俺の祭りだ、俺の祭りの邪魔をするな!”
だから言っちゃいました。
”はぁ?祭りはお前のもんじゃねーだろ、みんなのもんだろ!バカやろう、勘違いすんな!”
ご迷惑をお掛け致しました。
そしてそのまま、切腹ピストルズ一行は小雨の中、富山城へ向かいました。
桜並木を渡り、城址公園前の橋の上にて終結。
美しく散り終えました。
賛否両論、雨あられ、笑顔と怒号と歓喜溢れるチンドン行脚。
レベルマンアーミー屋にて暫しの寄合い、宴会、のち早朝までの密談。
舌鼓を打ち、笑顔も咲き乱れる賑やかな宴となり、一安心。
次はあるのか?ないのか?
忘れゆく古き良き日本文化。
近代的開発に警笛鳴らし、
東京を江戸に戻せと切腹ピストルズはいう!!
同じく近代的開発が進む富山。
本当の復興開発は、古きよき文化を踏まえ、殺さず、壊さずに今のニオイを取り入れることだと思いますが、どうでしょう?
役人の怠慢で空襲被害が拡がった富山。
今回は役人に向けての、民衆からの近代的開発に対する奇襲警報と捉えて下さってくれて結構。
まだまだアイデアの質を高めるための知識の幅や意識レベルの向上に勤しみます。
晴れてたらまた違う意味合いになったであろうが、雨のチンドンコーリングもまた意義がありました。
本業のジャパニーズステンシル稼業も益々の発展を目指します。
切腹ピストルズ×チンドンコーリング。
二○一四版、これにて終結。
ばいばい、またね。
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