私の身に起きたこと 網膜剥離 白内障 その7 | ロックんとの日々

ロックんとの日々

ロックんとは愛用のギター・アンプ Hughes & Kettner Grand Meister 36のこと

善悪の彼岸からの視点で思ったことを書きます

「椅子がゆっくりと倒れますよ」

 

と執刀医Nが言ったとき

 

壁の時計が見えた。

 

18時だった。

 

 

 

クラシック音楽が小さな音量で流れている。

その時、今田美桜と目があったので、

 

「すみません、あの音楽少し音量を上げてもらえますか」

 

と頼んだ。

 

「これくらいでいいですか?」

 

「いいです。ありがとうございます」

 

 

この音楽で私はリラックスできた。音符

 

 

音楽が好きでよかった。

 

もし彼女に、他にリラックできることはありますかと聞かれたら、

 

手を握っておいてくださいと言いたい。

 

 

彼女はテキパキと自分の仕事をしている。

 

一体どういう出自で、どんな教育を受け、

 

ここにいるのだろうか。

 

どんな両親がこんな子を産み育てたのだろうか。

 

彼女は、

 

緊張感を漂わせている若いアシスタントの医師とは

 

対照的に生き生きと動き回っている。

 

まるで試合中の大谷翔平のようにこの緊張感を楽しんでいるかのようだ。

 

 

N医師は私の枕元に座っていて

 

私の頭の位置を確認すると

 

「まつ毛を留めますね」と言ってテープで目の上下を止めた。

 

その後、後に因縁となる開瞼器をつけた。

 

これによって私の左目が大きく見開かれ、

 

違和感と不安に襲われた。

 

終わるまで瞬きはできそうにない。

 

 

次に「布を被せますね」と言い、そうした。


すると間髪をおかず、

 

「じゃあ始めます。まず麻酔をします」

 

え?もう始まる?と思うや否や

 

左目にヒヤリとした感覚が一瞬あった

 

が、

 

それ以降、一切痛みというものを感じることはなかった。

 

局所麻酔なので

 

右目も見えるし、

 

会話も音も全て聞こえるが、

 

聞こえてくるものから

 

作業内容を想像できるものはほどんどなかった。

 

途中、

 

機器の音が音楽と融合して奇妙な意味をなすような

 

感覚に襲われたような幻聴がしたのは

 

麻酔の副作用だったのか。

 

いずれにしても

 

聞こえるのはN医師の落ち着いた口調での指示と

 

機器の音とクラシック音楽だった。

 

私は動かすことのできる両手と両足を

 

たまにほんの少しずつ動かした、

 

そうすることで気を紛らわそうとした。

 

今、私の目にはメスが入り

 

中身が抜き取られ、

 

異物が入ろうとしているのだ。

 

なんと恐ろしい。

 

しかしそれが事実とは思えないほど痛みも

 

違和感もない。

 

 

途中は時間の感覚がなくなった。

 

 

しばらく時間が経ったようで

 

「ガスの準備をお願いします」と聞こえた。

 

ガスを入れるということは、もうそろそろ終わるのか?

 

と私は期待した。

 

別の若い医師が機器を操作し、ガスを注入しているらしい。

 

「手応えはありますか?」

 

「手応えないですね」

 

「15までいれてください」

 

「はい、固くなりました。15まで入りました」

 

 

その後、小さなハサミで切るような音が何度かした気がした。

 

 

「よし、お疲れ様でした。終わりました」

 

 

手術が終わった。

 

左目には眼帯がつけられた。

 

右目で時計が見えた。

 

20時ちょうど。

 

開始から丸二時間が経っていた。

 

 

素晴らしい。

 

N医師の終始変わらないテンションに私は感動すらした。

 

今度生まれ変わったら外科医になるのもいいかもと

 

妄想していたこともあったが、

 

何回生まれ変わっても、

 

私にはこんな芸当はできないだろう。

 

 

N医師から、予定通り終わったことが告げられた。

 

しかし、剥離が黄斑に達していたので、

 

視力は完全には戻らないかもしれないと言われた。

 

 

今後はうつ伏せを日に8時間以上するように言われた。

 

左目に入っているガスは空気より軽いため、

 

剥がれた網膜がガスの浮力によって再びくっつくようにするという治療方法なのだ。

 

 

片目で見るN医師と今田美桜は輝いて見えた。


私にできるのは

 

お礼を言うことだけだった。

 

 

彼女のマスクの下の顔は結局見ることはできなかったl。

 

今田美桜が後ろから押してくれる車椅子が手術室を出て

 

しばらくして

 

病棟の看護師が迎えにきてくれた。

 

看護師の顔を見ていっぺんに腹が減った。

 

昼食抜きだった。

 

しかし、1時間はベッドにうつぶせのまま

 

絶対安静にしなけえばならない。

 

 

 

食事にありついたのは21時20分頃だった。

 

これほど食事を美味しいと感じたのはいつ以来だろうか。

 

つづく→