今日は久しぶりに朝から晴れた。

カーテンを開けるのが楽しみだった。

 

湿度も秋らしく、これはもう「秋晴れ」と言っていいのかな。

 

 

穏やかで気持ちも軽い。

そして身体も、ほんの少しだけ軽く感じた。

というのも、低気圧続きのあとにいきなり高気圧というのは、なかなかしんどい。

天気予報では晴れマークが出ているのに、こちらの身体はまだ曇りマークのまま、なんてこともある。

 

それでも少しずつ、少しずつ。

溜め込んでいたことをひとつずつクリアしていくうちに、いつもの調子に戻ったのではないかという錯覚に。

錯覚でも、まあいい。

気分が少し上がったのだから、それでよし。

 

 

秋になったらやりたかったこと。

9月になったらやりたかったこと。

そのほとんどをこなせないまま、潔く諦めていた。

その方が精神衛生上、とても健全に過ごせるからだ。

「やらなくちゃ」と思い続けることのほうが、できないことより疲れる。

そして、できないことを「今はやらなくてもいい」と思える環境にいることは、本当にありがたい。

これからも、できるだけ気の向くままに過ごしていきたいと思う。

 

 

そんな梅雨のような長雨の初秋に、私は何をしていたのか。

ひたすらデスク周りのノートや葉書や手紙、これまでの作品を眺めたり、集めているリーフレットやパンフレット、チラシ、ポストカードなどを整理したり、スクラップしたり。

とにかく紙ものを触っていると落ち着くので、自然に手が動くままにやっていた。

何かを完成させようとか、きちんと整理整頓しようとか、そういう立派な目的があるわけではない。

ただ、紙をめくって、眺めて、並べ替えて、また眺める。

それだけなのに落ち着く。

もちろん読書も紙ものだから落ち着く。

……そう考えると、私の雨の日の過ごし方は、かなり一貫している。

 

 

 

 

それにしても、このような天候が続くのは140年ぶりとか!?

田舎では、口を開けば稲の状態のこと、稲刈りのこと。

それくらい米について深刻な状況だ。

 

うちの田んぼも、まだ稲刈りの目処は立っていない。

そんな中、イノシシに食べられたという知らせも受けた。

電柵は設置しているのだけれど、それをくぐり抜けたウリ坊のしわざか?

油断ならない。

新米が不作になるかもしれないというのに、イノシシ米は食べられんからね。

イノシシも生きるのに必死なのはわかるよ。

わかるけれど……

でも、勘弁してくれ!

 

 

そんなこんなで秋分を迎える。

長かった雨の季節も、そろそろ終わってほしい。

9月にやりたかったことは、ほとんどできなかったけれど、それはもういい。

できなかった時間にも、それなりの過ごし方があった。

紙ものを眺めたり、本を読んだり、何となく片づけたり。

そのときの自分が心地よく過ごせたのなら、それで十分なのだと思う。

 

 

さて、これからは芸術の秋、読書の秋、そして食欲の秋。

やりたいことは、またそのときの気分で。

まずは、無事に稲刈りができますように。

そして、どうかイノシシさん!

今年のお米だけは、そっとしておいてください!

こちらも食欲の秋を楽しみたいので。

そんな願いを込めながら、秋をゆっくり楽しんでいこうと思う。