鎌倉時代以降の、日本の歴史年表を作ってみたのだが、

残念ながらエクセルの取り込みができないので、

見えにくくて申し訳ないが、写真でアップロードしてみた。

 

青枠は主に平和な時期、

黄色は危険な出来事、

赤が戦争の時代となっている。

 

 

 

年表をみて特に気が付くのは、

ポルトガル人の種子島来航(鉄砲とキリスト教の伝来)と、

ペリー来航のすぐ後に、

日本という国家が暴走し、

朝鮮半島や大陸の侵略を開始しているということ。

 

そして、その中間に徳川幕府が存在したのだが、

外国勢力の雑音をきっちりシャットアウトし、

急遽、鎖国政策を採った。

それは、危険な思想によって日本を侵略国家に変えてしまう、

ポルトガルやスペイン、イギリス、フランスなどの侵略者たちを、

国内から排除することを目的としていたことは明らかだ。

家康をはじめとする徳川の一族及び家臣団は素晴らしいなと思う。

 

ためしにその時代の世界地図を見て、

アフリカやアメリカ、アジア諸国がいったいどの国の植民地になっているか、

よく見れば、私の主張も理解できるはず。

 

大航海時代によって、

世界中を植民地に変えていた上記国家の計略に気づいた家康や秀忠が、

欧米の侵略国家を排除した。

日本の歴史のおける最も輝かしい時代だったと思う。

世界の他の国々は次々と植民地化され、

中国でさえアヘン戦争によってイギリスに浸食された。

 

しかし、日本は明治まで外国勢力に屈服することなく、

独立を守り、さらに侵略をやめたのだった。

 

ところが、明治政府が徳川幕府が見抜いて捨てた欧米政府による侵略という政策を、

復活させてしまったのだった。

彼らは、自分で戦うのではなく、

日本に兵器を売りつけて、敵同士を戦わせるという政策を採った。

それは孫子の兵法でも最上の戦術とされている。

欧米人が孫子を知っていて、日本人が知らないわけがなく、

秀吉は明らかに外国勢力の傀儡だっただろう。

 

 

秀吉がポルトガル人ら、

はっきり言えば、イエズス会やユダヤ人らによる世界侵略に手を貸したのだが、

250年前に目標を達成できず、とん挫していた仕事の焼き直しが明治維新である。

でなければ、なぜペリーが来航した後に日本が急激に近代軍事力を身に付け、

大陸侵略を開始できたのか説明がつかない。

 

 

しかし、近年、

NHKをはじめテレビ局各局は、

特に坂本竜馬をはじめとする明治の志士?

や豊臣秀吉らを国家的英雄だと持ち上げ、

 

平和国家を侵略者に変貌させてしまった最重要戦犯を、

国民のヒーローに仕立てあげている。

 

それはまさに、悪魔を神と崇める行為に等しい。

 

よく考えてみてほしい、

私たちが韓国や北朝鮮、

そして中国の人々に恨まれているのは、

彼らが始めた侵略戦争によるものなのに。

 

奴らは私たち現代の日本人まで陥れ、

日本の評価を最低まで貶めた、

歴史的犯罪人であるというのに。

 

秀吉や伊藤博文が朝鮮半島を侵略していなければ、

私たちは韓国や北朝鮮から非難されることはなかったのだから。

 

なにより現在、

日本が置かれている国際環境が、

私の主張を証明しているはずだ。

韓国とは過去最高度の政治的危機にあり、

北朝鮮はつい最近まで日本上空にミサイルを飛ばしていた。

 

中国も尖閣諸島周辺を伺い、

またロシアには北方領土の日本の領有を明確に否定された。

 

安倍外交は破たんしている・

というより、私には次なる戦争の為に、

わざと周辺諸国との仲たがいをしているようにしか見えない。

 

戦国時代の終わりに朝鮮半島を侵略し、

さらなる戦争地獄をもたらしたのは、

豊臣秀吉らの一派だった。

家康は秀吉と外国勢力の野望を見抜き、

侵略政策を破棄した。

果たして信長であればどうしただろう?

 

私は信長が朝鮮侵略をよしとしないため、

暗殺された可能性も高いと見る。

そして、使いやすい秀吉に白羽の矢が立ったのだと。

 

王政復古によって大日本帝国が成立し、

日本は朝鮮侵略、日中戦争、日露戦争、

第一次世界大戦、第二次世界大戦(太平洋戦争)へと、

戦争地獄の荒波に飲み込まれてしまった。

 

その判断を降したのが、

お札にもなった伊藤博文や山縣有朋、

つまり政治家たちだった。

 

前の戦争は軍部の暴走によるものだったと、

政治家やマスコミは言っているが、

とんでもない!

戦争を決断するのは政治家である。

 

今の日本で自衛官が勝手に朝鮮半島を侵略するだろうか?

そうではなく、

安倍晋三ら、平和憲法を変えようとしている勢力が、

韓国、北朝鮮、中国との戦争を、

自衛隊や国民に命じるであろう。

 

そして、過去の歴史の清算と、

自民党が作った1000兆円以上の借金と、

地上で増えすぎた人口問題を、

一気に解決しようとしている。

 

戦争は最高度の政治手段であり、

世界を原初の楽園(人間がふたりしかいなかった時代)に戻すため、

人間が行える最も有効な手段である。

聖書も親切にそう教えてくれている。

 

 

聖書は言う、

「命の木の実を食べれば神になることができる」と。

善悪の知識の実を食べたアダムに、

聖書の神ヤハウエは言った。

 

―※以下「旧約聖書 創世記」 フランシス会聖書研究所訳より引用ー

 

「見よ、人は善悪を知り、われわれのひとりのようになった。

さて、人は命の木の実も食べ、いつまでもいきるであろうから、

かれが手を伸ばしてこれをとらないようにー」

と言われて、人をエデンから追い出した

ー引用終わりー

 

聖書の神、ユダヤ人の神ヤハウエは、

人間が神となってしまわないよう、

楽園から人間を追い出した。

 

楽園では人間は働くことなく、

善悪も知らずに暮らしていた。

 

つまり、楽園にあるものを好き勝手に食べ、

あるいは善悪の分別はないから、

他人を殺しては奪っていた。

 

ヤハウエが「われわれの一人」と言っているように、

聖書は一神教とは言っているものの、

実はヤハウエ以外の神がいることを認めている。

ただ、自分が一番だと、聖書には繰り替えし書かれている。

 

ヤハウエは善悪の木の実と言っているが、

実は神の世界に善悪はない。

なぜなら、法律とは人間の世界にのみ存在するものだからだ。

 

 

―※以下「バカヴァット・ギーター」 上村勝彦訳 岩波文庫より引用ー

 

物質との接触は、寒暑、苦楽をもたらし、来ては去り、

無常である。それに耐えよ。、アルジュナ。

 

それらの接触に苦しめられない人、

苦楽を平等のものとみる賢者は、

不死となることができる。

 

非有(身体)には存在はない。

実有(個体)には非存在はない。

 

真理を見る人々は、

この両者の分かれ目を見る。

 

この世界を満たすものを不滅であると知れ。

この不滅のものを滅ぼすことは誰にもできない。

 

常在で滅びることなく、

計り難い主体(個我)に属する身体は、

有限であると言われる。

それ故、戦え、アルジュナ、

 

彼が殺すと思う者、

また彼が殺されると思う者。

その両者はよく理解していない。

彼は殺さず、殺されもしない。

 

彼は決して生まれず、死ぬこともない。

彼は生じたこともなく、

また存在しなくなることもない。

 

不生、常在、永遠であり、

太古より存する。

身体が殺されても、彼は殺されることがない。

―中略ー

 

自己の義務の遂行は、不完全でも、

よく遂行された他者の義務に勝る。

自己の義務に死ぬことは幸せである。

―中略ー

 

更にまた、あなたは自己の義務を考慮しても、慄くべきではない。

というのは、クシャトリア(王族、士族)にとって、

義務に基づく戦いに勝るものはないから。

 

たまたま訪れた、開かれた天界の門である戦い、

アルジュナよ、幸福なクシャトリアのみがそのような戦いを得る。

 

もしあたなが、この義務に基づく戦いを行わなければ、

自己の義務と名誉を捨て、罪悪を得るであろう。

 

人々はあなたの不名誉を永遠に語るであろう。

そして、重んぜられた人にとって、

不名誉は死よりも勝る。

 

勇士たちは、あなたが恐怖から戦いをやめたと思うであろう。

あなたは彼らから敬われていたのに、

軽蔑されることになろう。

 

またあなたの敵は、語るべきでない多くのことを語るであろう。

あなたの能力を難じながら。

これほどつらいことがあろうか。

 

あなたは殺されれば天界を得、勝利すれば地上を享受するであろう。

それ故、アルジュナ、立ち上がれ、戦う決意をして。

 

―引用終わりー

 

インド最も人気がある英雄神、クリシュナの言葉だ。

インドに限らず、

古代エジプトであれ、ギリシャであれ、

あるいは現在の欧米諸国においても、

バカヴァット・ギーターの哲学思想は変わることがない、

普遍の思想となっている。

 

すなわち、

人間の肉体=非実在=死の状態

人間の霊=実在=真の生

 

肉体を死と捉えれば、

戦争による死も、病気による死も嘆かわしい不幸ではなく、

死からの幸福な帰還ととらえることができる。

まさに、戦争の口実としてはこれ以上ない理論武装であろう。

 

彼らは言う、「善と悪は人間の世界にのみ存在するなり」と。

神の世界や動物の世界、宇宙の法則に善悪はないのだと。

ゆえに、あなたは善悪に囚われることなく、

地上の神となれ!という教えだ。

 

この地球上で、あるいは全宇宙で、

人間だけが善悪に囚われている、

肉体の捕囚なのだと。

 

死を得れば、天界が待っていると言う。

それは誰もまだ見ぬ世界である。

バカヴァット・ギーターに書かれているように、

戦争で死ねば、死後は天国に行くというこのお話が、

日本でも靖国神社という形で実践されている。

日本国のために戦争で戦って死ねば、

あなたも靖国神社に神として祀ってもらえるかもしれない。

ただし、日本が残っていれば・・

 

ならば政府はもっと大々的に宣伝すればよい。

「安心してください!憲法が変わって戦争が起きても、

戦闘で死ねば、あなたを神様として靖国神社にお祀りさせていただくという特典をご用意いたしました!

神ですよ!神!これ以上のご褒美がありますか?

あなたは、地上の人間の誰よりも、格上の存在として、

この国が続く限り、神様として、総理大臣からも拝まれることになるのです!」

 

天国がもし「実在」すると言うならば、

全世界の人間の前に出現させ、

証明すればよいものを。

 

ただし、私は霊的な体験を何度も経験しているため、

霊の存在は否定しない。

 

ただ私は、あの世と言うところが、

天国だとか、地獄だといかいう場所に分かれてはいないー

ということだけは言っておきたい。

 

この世においてもそうだが、

人間は自己の決定により、

正しい道も、間違った道を歩むことこともある。

それと変わりはない。

 

要は自分自身の心ひとつで、

この世も、あの世もあり方が変わると考えている。

 

そういう意味では、

戦争によって、憎しみを抱いたまま死んでゆくことが、

良いことであるはずもなく、

ましてや身内殺しは、

その人の魂自体を深く傷つけてしまう行為であるはずだ。

 

消えない傷となって、

一生、あるいは死後まで苦しむことになるかも知れない。

 

明らかに悟りに達したと思われる、

お釈迦様は言っている。

「良い事をせよ。悪いことはするな」と。

 

人生、そして社会、さらには国家においても、

それは共通普遍の理であると私は考えている。

 

欧米の哲学=宗教=政治が、

日本と言う国家、国民を狂わせてしまった。

その思想は、

元はと言えば、

古代イスラエルが存在した、

中東及び地中海世界から、

全世界に広まっていったのだった。

 

私の主張は、安倍晋三と暴力団は同じことをしているというものだ。

なぜなら、安倍の政治の核心は、

博打と戦争なのだから。

 

最初に挙げた年表が示している通り、

戦後70年以上日本は戦争を行っていない。

 

それは、平和憲法9条が、

政府が戦争できないように縛り付けてきたからだ。

 

今、安倍晋三は、

憲法9条の縛りを解いてしまおうと画策している。

 

憲法9条が戦争を抑止できたのは、

それが「完全」だったからだ。

 

その完全な憲法9条を変更したり、

条文を加えれば、

当然、不完全なものとなる。

 

そして、不完全な憲法では、

政府の「戦争再開という野望」を阻止することはできない。

 

日本国民の皆さん、

あなたの家族、奥さん、子ども、孫、

親、兄弟、友人たちを戦争で死なせたくなかったら、

 

憲法改定の国民投票では、

新憲法に反対票を必ず入れてください!

 

政党は入れるところがないと思いますが、

我慢して、立憲あたりに入れておくのが良いと思います。

まあ、枝野のことですから、

安倍の憲法に賛成するかもしれませんが、

共産党よりはいいかな・

 

自民と公明、維新の会はやめてください、

確実に憲法を変えにきていますから投票は危険です!

 

自民党は貴乃花や、人気者を多数取り込んで、

憲法9条改悪をカモフラージュしてくると思います。

 

騙されてはいけません、

好き嫌いで政治家を選んだり、

国民投票をないがしろにしたら、

戦争による死が待っているのですから。