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6月11日で、東日本大震災から3カ月になります。死者は1万5,400人を超え、現在も8,000人以上が行方不明となっている東日本大震災。被災地では、徐々にですが、復興の芽が膨らんでいます。その一方で、水道などライフライン、そして放射性物質への対策など課題は山積です。
福島市の渡利小学校では、汚染された土が除去されたことで、校庭が開放された。
子どもたちは、ドッジボールをしたり鉄棒で遊ぶなど、あふれるエネルギーを解き放った。
しかし、校庭で遊ぶ子どもからは「帽子とかマスクもやんなきゃいけないので、ちょっと暑い」といった声が聞かれた。
放射性物質は、いまだ敷地内の一部に残っている。
震災から3カ月。
仮設住宅では、一定の生活環境が整ったとして、10日を最後に食料支給が打ち切りとなった。
入居者は「やむを得ないね。こうやっていただいてるだけでも十分感謝してます」と話した。
港では、漁業再開に向け懸命の撤去作業、そして水田では、田植えが始まった。
きょうも懸命に生きる人々。
秋元優里キャスターは2カ月前、まだ震災の深いつめ跡が残されたままだった宮城・南三陸町を訪れていた。
秋元キャスターは「この道の両サイド、見渡すかぎり、もうずっとがれきです。元がどういう地区だったのか、ここに本当に家があったのかと疑うぐらいの光景が広がっています」と話していた。
そして、震災から3カ月、秋元キャスターが再び、南三陸町を訪れた。
秋元キャスターは「今、2カ月前と同じ道を通って、南三陸に来ています。ちょうど4月ごろは、この道路の両側に、もうがれきが山のようになっていて、非常に圧迫感を感じるほどだったんですが、今、2カ月たって、かなり片づけられたという印象を受けます」、「『ふんばれ南三陸町』のこの看板、2カ月前に来たときも、ここにあったんですよね。あっ、でもなんかプレハブができてる」と話した。
ようやく芽生え始めた復興の息吹。
2カ月前、イスラエル政府の支援で、イスラエル軍の医療部隊が診療にあたっていた仮設診療所がある。
イスラエル医療部隊が撤収の際、医療機材ごと町に寄贈され、今では医療拠点の1つとして、1日平均200人ほどの患者が訪れるという。
現在、診療所には、歯科医も常駐している。
しかし、震災後3カ月たっても、解決されないある問題に直面していた。
治療を前に、手押しポンプを操作する歯科口腔(こうくう)外科・斉藤政二医師。
斉藤医師は「圧を高めないと水は出ない」と話した。
実は、南三陸町ではいまだ水道が復旧しておらず、給水車に頼る状態が続いている。
歯の治療に欠かせない水も、くみ水を手動のポンプで送り出すしかない状態となっている。
患者が口をすすぐ水も、必要最小限の量に抑えられている。
斉藤医師は「設定を上げれば、もう少し入るんですけど、町全体が水道を使えないんで、ぜいたくは言ってられないなと」と話した。
震災前、6カ所の取水場で井戸水をくみ上げ、およそ5,700戸に送水していた南三陸町。
しかし、津波により、ほとんどの水源で塩分濃度が高くなり、生活用水として使用不能の状態になった。
津波の被害に遭った取水場を訪れた秋元キャスターは、「あっ、そこ取水場って書いてあるんですけれども、ここから水をくみ上げてた場所なんですね。もう周りは津波でザーッと流されてしまっていて、この取水場だけが、ぽつんと残されている状態ですね」と話した。
10日現在、水道復旧率は、まだ7%程度にとどまっている。
水なき生活は、被災者につらい作業を強いる。
渡辺 あつ子さん(63)は「すっかり水運びすっぺってね、足痛くしてしまってさ。だからひざに水たまったって言われたもんだからね。重いものは持てなくなってしまったね」と話した。
渡辺さんが向かうのは、自宅からおよそ5分の小さな沢。
飲み水などは自衛隊による給水で賄っているが、毎日の洗濯は、沢に通う日々が震災から3カ月たった今も続いている。
渡辺さんは「本当にね、こんなこと思わなかったけどね。でも水運ぶのが大変で、結局ほら、この方が楽なのよね。(お水ないって本当に大変ですよね?)つくづく今回は感じました」と話した。
水なき生活はいつまで続くのか。
町では、6月中の仮通水を目指し、懸命の復旧作業が続いている。
一方、南三陸町の志津川地区は、3月11日の津波の際には、大きな建物の屋上の辺りまで、津波が押し寄せたという。
現在も志津川地区では、木材など、津波によって流されてきたものが多く散乱しているが、6月に入り、電気が復旧し、街灯がついた。
かつて町の中心部の面影はなく、寂しいたたずまいではあるが、ポツリポツリとでも明かりがともったことによって、近隣の人からは「ホッとする」といった声も聞かれた。
また、この南三陸町では水道の復旧が遅れている。
津波で水道の施設が破壊されたうえに、さらに、その海水が水源である地下水に流れ込み、飲み水に適さなくなってしまったということが、その復旧を遅らせた原因の1つでもある。
そのため、毎日、重い洗濯物を持って川で洗濯をする、また飲み水は自衛隊の給水に頼るという生活をしている人が多く、1日の大半が水の確保で終わってしまう人がまだたくさんいる。
南三陸町の水道は、8月中をめどに復旧を目指すということだが、これから暑い夏に向け、水がますます必要となる。
生活、そして健康への影響が懸念されている。
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