自室を片付けよう片付けようと何年も。
いつかの私は
確かに片付きはしている。
が、見渡せば納得のいかないままの自室に、いつになっても片付いた気がしない。
そんなわけ(どんな)で、すっきりと且つこざっぱりとした桃源郷マイルームにすべく、改めて片づけをはじめたわけよ。
私に欠如しているのは、収納センスだとつくづく思う。
如何せんバランスが悪い。
なりたいイメージは依然として変わりはないというのに。
まったく計画的でなく、後先を考えていないのだ。
仮に
”このスペースに収める収納を”と考える。
しかし、寸法を測っていなかったりする。
”こんなイメージの部屋に”と考える。
現状ある家具との兼ね合いをイメージしていなかったりする。
そう、雑なわけよ。
実家ぶっこみスタイルだ。
不思議なのは、自室の片付けを進めていくと、家中あちこちの片付けをしたくなってくること。
90過ぎの祖母が元気に同居していれば、軽く半世紀越えの”何か”が至るところに埋蔵されている。
言わば私達家族全員分の歴史がつまっている家なのだから、当然なのだ。
(そしてそれらは総じて質が良く、重量ヘヴィー級。)
嘗てはMAX7人、現在4人。
歴史に重みがある。
実家というのは四次元ポケットよろしく、とにかく仕舞えてしまう。
いたるところに書類が仕舞われているだろうし、ストックだって四方に散らばる。etcetc
10年使っていない食器もあるだろう。
使われていない空き箱だって残っているはずだ。
捨てることは勿体無い、だけど持て余すことも勿体無い。
友人のひとりが、先月30歳の誕生日を迎えた。
私の数少ない友人のひとり。
かれこれ付き合いは小学校低学年、20年以上。
かく言う私も来春、30歳を迎える。
気持ちはおおきく、しかし現実には何も変わらない。
30歳は、もっとちゃんと大人のように思えていた。
遠い先の話のように思えていた。
ところがどっこいだぜ。
なあんにも変わりゃしねえんだぜ。
そんなもんだぜ。
30代をどういうふうに生きたいかなと考えると、好奇心と探究心には素直に豊かに従いたいなと思う。
かれこれ5年ほどは遡る。
旧友の結婚式の2次会へ参加するべくして気合の入った私は”リトル・ブラックドレス”という存在を知る。
存在というより、その言葉があることを知ったのである。
さっそくネットで検索して最初に出会ったのは
:著者muccoさん
23~4歳だったであろう私は、大人の世界を繰り広げるmuccoさんのファンになってしまったのだ。
それからはいち読者として、彼女の世界の片鱗を拝見し続けている。
まったくもって同じようにとは行かないが、私も彼女のように好きなものを楽しみながら、探求しながら、30代という短い時間を生きたいなあと、ささやかながらにも妄想する。
ともあれおめでとう三十路。ミ。ソ。ジ。












