『司馬遼太郎が語る日本』
”室町時代と能について”-② ●司馬 遼太郎


✪和光同塵-②


 その一遍さんは、南部北嶺のお坊さんと格好は同じで頭は剃ります。しかし、違いますね。南部北嶺のお坊さんは、いまでいうと公務員上級試験を通った人であります。昔で言えば高等文官試験を通っている。

 

比叡山に戒壇院があります。それから東大寺にも戒壇院があります。

戒は戒律の戒で『天平の甍』の鑑真和尚が持ってこられたものですが、それがいわば形式化して高文試験のようなものになっていた。その戒を通った人が位階のある僧侶になれたんです。

そして一カ寺の主になれる。僧都(そうず)とか律師(りっし)とかいった呼び名がありますが、これは官位のことでした。お公家さんで言えば大納言とか中納言と同じです。

 

一遍さんはそうではなくて、勝手坊主であります。勝手に坊さんになるのが時宗の人であり、正式な僧侶の世界には出られません。例えば時宗の人が何とか阿弥と名乗り、一遍さんの弟子でございますと言って東大寺に訪ねていったら、門番に蹴り倒され、放り出されます。

 

中に入れてくれません。そのぐらい庶民的なものだった。阿弥陀仏にあこがれていて阿弥をつけただけであり、つまり仏教的な身分をいえば、庶民も将軍と同じようなものですね。

仏のもとでは、われわれは塵であります。阿弥さんも阿弥陀仏のもとでは塵であります。将軍も和光同塵と言っている。

 

同じ塵同士ですから、同じ座敷で一緒に話すことができる。そういう抜け道があるために阿弥という名前を名乗ったんですが、うまいことを考えましたね。

 

時宗の私度僧、自分勝手になったお坊さん、彼らが勧進聖になったのです。勧進聖は諸国を歩いて仏の教えを広めて、お寺を建てたり、仏像をつくるためのお金を集めていく。プロモーターともいえます。人格者でないと人はカネを出しませんから、勧進聖になる人には偉い人もいる。