『論語の読み方』ー山本 七平
●いま、なぜ『論語』なのか-①
✪由(よ)らしむべし、知らしむべからず」の曲解を正す
✪この「民主的」な言葉と、「ホーケン的」と排撃された俗にいう「由らしむべし、知らしむべからず」とは実は関連を持っている。この言葉は「民には何も知らせてはならない、信頼させて黙ってついてこさせるべきだ」と解釈され、それを戦時中の日本になぞらえて批判されたわけだが、正しくは「子曰く『民は之に由らしむべし。之を知らしむべからず』」(泰伯第八194)である。
前に、ある人が通俗的誤用でこの言葉を引用したので、それは間違っている旨を公開の席で指摘したところ、その人は憤然として、「戦後になったら、世の中に迎合してそんな新解釈をやっているだけで、戦前はそうではなかった」と言った。だがこれは誤りで、50年前の宇野哲人の『論語新釈』でも、この「可・不可」を「できる、できない」と読んでいるのは同じである。ただ違いは「之に」「之を」の「之」を、政治の内容と解するかの違いだけである。
もっとも、徳治主義という立場に立てば、両者には共通性がある。そしてこれは、単に戦前だけでなく、二程子(11世紀、北宋の学者、宋学の完成者であ(程顥[ていこう] ・程頣[ていい] の兄弟)の解釈であり、ある意味では伝統的、正統的解釈なのに、この言葉を誤用して儒教を非難している者がいると、明治44年に簡野道明が、すでに『論語解議』の中で、次のように指摘している。
「本章の不レ可レ使の字義を誤りて絶対に民をして知らしめてはならずと解し、終(つい)に儒教主義の政策は、民を愚かにするなりとの暴論を吐く者往々あり。其の無学憫(あわれ)むべきなり。
程子曰く『聖人の教を設(もう)くる、人の家毎(ごと)に喩(さと)し、戸毎(こごと)に暁(さと)すことを欲せざるに非(あら)ず。然れども之をして知らしむること能わず。但(ただ)能(よ)く之をして之に由らしむるのみ。もし、聖人、民をして知らしめずと曰(い)わば、則(すなわ)ちこれ後世朝四暮三(ちょうしぼさん)の術なり。豈(あに)聖人の心ならんや』」
もっとも、『論語』にはさまざまな解釈があり、これを「知らせてはならない」の意味に採っている者もいる。この場合も、問題は「之」であり、江戸初期の儒者・伊藤仁斎は孟子を援用して、次のように解釈している。すなわち「民は・・・・・・・これを利するも庸(よう)とせず(政治家のおかげと思わず)民、日に善に遷(うつ)って、これを為す者を知らず」で、王者はたとえいかなる善政を布(し)き、民がそれで利しても「おれがやったのだ、俺様のお陰だ」と「民に知らしめてはならない」の意味であるとしている。
この意味なら「この橋はオレが架けた。この道はおれが造った」などという政治家は最低となるが、この意味に採っても、この言葉に不賛成の者はいないであろう。そして、そのような最低の政治家であれば、結局「民の信を失う」結果となる。
これは程朱(程子・朱子)以来の伝統的な解釈ではないが、伊藤仁斎以来、やはり日本人の政治感覚のどこかに残っている考え方であろう。とすれば、その人の考え方もまた「論語的」なのである。
