『弥縫録より』ー陳 瞬臣

 ✪酒は百薬の長について

 

✪王莽(おうもう)が前漢を簒奪(さんだつ)して、正式に皇帝となったのは西暦9年のことである。彼は格好をつけたがる人物で、幼少の皇帝の摂政をつとめていたが、やがてとってかわった。彼は即位したあと、自分が廃した幼帝の手を取り、---私は大政を奉還しようと思いましたが、天命を受けましたので、不本意ながら帝位につかねばならなくなりました。と言ってさめざめと涙を流したそうだ。天子の座を強奪しても、そんな恰好をつけねばならなかった、因果な人である。

 

王莽(おうもう)は塩、酒、鉄を専売制にした。財源がほしいと正直に言えばいいのに、やはり恰好をつけた。このときの専売実施の詔書のなかに、

----それ塩は食肴(しょくこう)の将、酒は百薬の長、嘉会(かかい)の好、鉄は田園の本。という言葉があった。

 

それ以来、天下の酒飲みは、酒を飲むとき「酒は百薬の長」と、呪文のように唱えることになった。だが、右の文を味読してみると、塩と鉄はすっきりと一条の口実ですましているのに、酒は二条の口実を並べている。百薬の長とは、多くの薬の中でも最もすぐれた薬という意味で、嘉会の好とは、めでたい会に似合うもの、というほどの意味であろう。---良いものだから専売にするという理屈らしい。塩と鉄は一発回答だが、酒はそうはいかず、無理して口実を二条ならべることで恰好をつけたのである。