『司馬遼太郎・講演集-3』 -司馬遼太郎
●秦氏の建築技術-⑤
✪秦河勝は秦氏のリーダーだった。
そして聖徳太子のパトロンの一人だった。いつの時代にも政治家はお金がいるようですね。
秦氏は京都を開き、そして播州も開いています。播州平野が古くから開かれていたのは、秦氏のおかげでした。
秦氏は水田を教えました。養蚕や機織りを教え、あまり政治的なことはしませんでした。わずかに平安時代、桓武天皇のとき、平安京をつくるために土地を提供しています。いまの不動産屋のようなことをしたわけではありません。本当に提供し、それで京の都ができあがった。
その後も秦氏は山城の地に住み続けます。播州と山城は自分たちのテリトリーと思っていますから、秦氏のお宮はたくさんあります。
まず、京都で最も古い松尾大社がそうです。伏見稲荷もそうですね。下賀茂神社、上賀茂神社も関係があります。祇園祭で有名な八坂神社もそうです。
八坂神社に祭られているのはスサノオノミコトです。天照大神の弟にあたられると、『古事記』や『日本書紀』にありますが、本当は独立の神様だったのかもしれません。スサノオノミコトは朝鮮半島と行き来していたという記録が古くからあり、ずいぶん朝鮮半島と関係のあった方だったのでしょう。。『古事記』や『日本書紀』を読みますと、これはコリアンの歴史かと思うほど、朝鮮半島の話がでてきますね。
