『文人悪食』ー嵐山光三郎

●泉 鏡花ー⑨

 

鏡花の師である紅葉が三十六歳で死んだとき、鏡花は二十九歳であった。鏡花はすずと同棲していたが、そのことが紅葉にばれて叱責され、すずと別れた直後である。後に鏡花は門弟を代表して弔詞を読んだ。臨終の席へ門弟を集めた紅葉は、

「これからは、まずいものを食って長命(ながいき)して一冊でも良いものを書け」

と言い残した。それは鏡花へどのような心理的影響を与えたか。鏡花は師の言葉通り、六十五歳まで生きた。死の前は喀痰(かくたん)のなかにわずかに血液混入があり、鏡花はもそこにホオズキを見たのであろうか。いや、ホオズキ幻覚は、小説を仕上げたことにより昇華されているから、血痰のなかに死が忍び寄るほおずき色の夕暮れを見たかもしれず、絶筆は、「露草や赤のまんまもなつかしき」という句であった。

 

鏡花は酒好きであったが酒は弱かった。二合ほど飲むとベロンベロンに酔っ払い、生来の依怙地(いこじ)な性格に火がついて悪態をついた。決して粋な酒飲みではない。鏡花が塩鮭を食べたのは、塩鮭が江戸っ子の食べ物であったから、食べるよう努力した結果である。

鏡花は江戸趣味であり、麹町の家の造りも家具調度も骨董趣味で、着物も自分の流儀を崩さなかったが、酔うとボロが出た。架空宇宙を構築し、日常をそのなかへ泳がせようとするのだが、しょせん貧乏彫金師の小倅(こせがれ)である。生粋の江戸っ子に徹することができない。その意識と日常のずれのはざまに、鏡花文学の薄暗がりがある。

 

妖怪を描くが妖怪を恐れ、紅葉を熱愛するがそれ以上に憎み、女が好きだがすず夫人に押さえられ、時流からはずれるのを恐れるが偏屈で、自殺願望があるが死を恐れる。

この矛盾したジレンマは、矛盾の幅が極端であるだけ自我分裂をおこす。