『文人悪食』ー嵐山光三郎
●樋口一葉ー④
 
✪ お力が、気がおかしくなって淫売婦となったのは、買いに行った米をドブに落としたことに始まる。少女体験として、米をドブに落としたことがえんえんと語られる。帰りが遅いことを心配した母に連れられて家に帰るが、母はだまっている。父もだまっている。だれ一人としてお力を叱る者はなく、「家の内森として折々溜息の声のもれるに私は身を切られるより情けなく、今日は一日断食にせうと父の一言いひ出すまでは忍んで息をつくやうで御座んした」
 
章。お力は源七一家の貧乏状態を見るに見かねて、源七の子太吉に菓子の「かすていら」を買い与える。それも、新しい旦那となった男の金で買う。
お力が、太吉に「かすていら」を買い与えるのは伏線がある。お盆で、源七は仕事に出る張りがなくなり、「酒を買って来い」と言ったら女房に「そんな余裕がどこにある」と愚痴られる。「お盆だというのに子供に白玉ひとつこしらえてやることもできない」「お彼岸が来ればボタモチやダンゴを配って歩くのがしきたりなのに、うちは仲間はずれでだれも来ません」とお初は涙を流す。空が暮れかかったころ、息子の太吉が「かすていら」を持って軽い足取りで家に帰ってくる。「どうしたのだ」とお初が聞くとお力に買ってもらったとわかり、お初は逆上する。
 
「あの姉さんは鬼ではないか、父さんを怠惰者にした鬼ではないか、お前の衣類のなくなったも、お前の家のなくなったも皆あの鬼めがした仕事、喰らいついても飽き足らぬ悪魔にお菓子を貰った」とお初は怒り、「汚い穢い此様な菓子、家へ置くのも腹が立つ」と叫んで、バカヤローと怒鳴って裏の空き地へ投げると、ドブまなかへ落ちた。
源七夫婦はすさまじい夫婦ゲンカになってあげくの果て、お初は、子の太吉を連れて家を出るのである。