『文人悪食』ー嵐山光三郎

●林 芙美子ー②
 
パリに到着した12月23日の朝は、ランボオの詩を思いながら赤いゆで玉子とコーヒーとクロワッサンを食べ、パン屋で「長い棒のようなパンとバタ-」を買って帰る。
翌日は同じカフェで朝食をとり、買物鞄を買って「ビエモンと云ふい伊太利米や、イクラや、玉子」を買い、下宿で食べる。パリへはロシア経由で来て、値が高くてまずいものばかり食べさせられていたため、パリでイタリア米を買い、自ら炊いてイクラをおかずにして多部、「米のうまいことしみじみ知るなり」と書いている。暮れの12月19日には、市場で黒大根を買ってなますを作り、鯛を塩焼きにして食べた。年が明けて昭和7年の元旦は、熱いご飯を炊いて生玉子をかけて食べ、ソルボンヌ大学近くのコーヒー店で茶を飲み、ロイドの喜劇映画を見た。
 
月4日はキャベツと塩豚の料理を見つけ「咽喉よりつぶきの出さうな空腹をおぼえて一冊買って」食べた。
日記を読みすすむと、バニラアイスクリーム(1/4)、居酒屋でスープと鶏の焼いたのと赤い葡萄酒(1/5)、いちじくの砂糖煮(1/12)を食べ、フランスの料理にあきてきて「ああ焼きたてのうなぎでも食べたい」と思いつつ「食料品屋でマグロを買って来て刺身にして食べるけれど、くちゃくちゃしていて古綿を食べるやうだった」(1/19)
 
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