『本物のおとな論』
 ●外山滋比古 英文学者 評論家 エッセイスト

---師弟の間は近すぎてはよくない

大学の成績がよく、教員採用試験でも好成績だったという先生ほど、こども、保護者の受けがよくない、という不思議なことがおこる。勘違いした保護者たちが、学業優秀だった先生はおことわり、というところまで現れるようになった。

優秀な先生が不評になるのは個人の問題ではない。年齢である。こどもの年に近すぎるのがいけない。それを弁(わきま)えないために混乱する。つまり、先生が近すぎるのだ。

昔の人は、「三尺下がって師の影を踏まず」と言ったものである。先生は敬わなくてはいけない。近づきすぎては礼を失する。三尺はなれて、影もふまないようにしなさい、というのである。

 

つまり、師弟の関係は、近くても、三尺のへだたりが必要である。近づきすぎてはいけないと教えたものだ。

三尺下がってというのは物理的距離であるが、心理的にもなれなれしくしてはいけない。離れて敬意を示せ、というのである。

四十くらいになったとき、私は、この、”三尺”を年齢に換算したら、どれくらいになるか、考えたことがある。

そして、教師と生徒との年齢は二十年くらい離れているのがよい。それより小さいと、良い関係になりにくい。

 

かといって、離れすぎてもよろしくない。四十年くらいがいい。それを超すと、教師の力は及ばなくなる。--そんな仮説を立てたのである。

つまり教師のいのちは、生徒の年齢より二十年上の時から力を持ちはじめ、四十年くらいになると、感化力を失うというのである。生徒が十歳なら、教師の適齢期は三十から五十歳くらいまでとなる。

これは、人間が子どもをもうける年代とほぼ合致する。生徒のことを”教え子”というのは偶然ではない。

 

ただ、教師は年少の生徒と触れていて、なかなか年を取りにくいから、年齢差四十年を超えても、若々しさを保つということは充分あり得る。

老先生の教育力もバカにならない。---というのが、私説である。

 

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