”風塵抄二”を読んで
✪司馬遼太郎の本を読むのが好きである。歴史物を読むのが好きなのであるが、本当のところはチョット違う。司馬遼太郎の考え方が好きなのである。
まず、”司馬遼太郎”という名前は中国の”司馬遷”から取っており、”司馬遷”にはるかに及ばないという意味合いだそうである。
---日本の歴史を勉強する時には江戸時代の終わりくらいから読み出すとわかりやすい。明治維新、日清戦争、日露戦争、大東亜戦争(太平洋戦争ではありません、念のため。)、敗戦、戦後の日本という流れである。
---この中で、今回は『富永仲基』に着目してみたい。京都帝国大学の教授”内藤湖南”によって見いだされた『富永仲基』は1715年に大阪の町人の家に生まれ”懐徳堂”で『三宅石庵』に学び『説蔽』という書を著した。その理論は『加上説』で、後の世に生まれた学問は前の時代に生まれた学問を上回るためにさらに古い時代に起源を求むという考え方である。
仏教においても、釈迦が唱えたのは”解脱”のみであり、墓もなければ天上界もない。ましてや教義さえもない。小乗仏教なのである。しかし、後の世に大乗仏教が生まれて、”南無阿弥陀仏”と唱えるだけで救われると親鸞は説いた。これを唯円が”歎異抄”という本を書いて、蓮如が普及して浄土真宗の礎を築いた。
もちろん仏教界からは感情的に反発を喰うことになった。--儒教についても批判している。
