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『歴史のなかの邂逅ー2』ー司馬遼太郎
●ああ新選組ー④

✪とにかく、山崎は、歩兵小隊長として、中国へ出征した。部下に、近所の家具屋の息子とタバコ屋の息子がいた。
大阪という都会は三百年来、町人共和国のような形で発展してきた町だから、階級の観念がとぼしく、他は城下町出身者のような封建武士的な美意識をもたず、私を含めて、いやに馴れ馴れしいやつが多い。だから、タバコ屋の息子も、一等兵のくせに、少尉の山崎に、

「ちょっとタバコの火イ貸してんか」

という調子だった。
塹壕戦になり、弾が、雨アラレと飛んできた。しかし弾の切れ目をみつけて突撃するのが、明治以来の日本軍の一つ覚えの戦法であった。つまり「佐伯」の戦法だ。町人の山崎もやむなく軍刀をぬいた。塹壕から半身を乗り出して「突撃イ」と言いかけた。
ところが、どうしたことか体が前へ進まない。気づいてみると、タバコ屋と家具屋が必死にしがみついて、引きずりおろそうとしている。

「ススムちゃん、あかんがな」

眼に誠意をみなぎらせ、息をころし、しかも語気険しくいったものだ。

「いま突撃したら死ぬでエ。お母ンが泣くがな。わいはお母ンにくれぐれも頼まれているのや。辛抱しイ、辛抱しイ」

これでは、八連隊が弱かったはずだ。


#タバコ屋 #山崎 #家具屋