『歴史のなかの邂逅ー2』ー司馬遼太郎
●ああ新選組ー②
✪もっとも、新選組にも、大坂の町人あがりの者が二、三はいた。谷町あがりとか、高麗橋の鍼灸屋の息子などがそれだ。
この連中は、柄にもなく武士になりたがった。当時、新選組に入れば、将来お旗本に取り立てられるという風説があった。入隊には厳密な武術の試験があったから、それをパスしている所を見ると、左官も鍼灸屋も一応は強かったのだろう。特に鍼灸屋は香月流の棒術に長じていた。名を山崎丞(すすむ)といい、新選組のたいていの修羅場には顔を出している。
早くから副長助勤(中隊付将校)になり、鳥羽伏見の戦いで銃丸を数発あび、同士とともに、大坂に逃れて幕府の軍艦富士山丸に収容され、江戸へ逃げる途中、紀州沖で息をひきとった。息をひきとるとき、「お旗本になれずに死ぬのか」と言った。死体は水葬された。海軍式の水葬を受けた最初の人物だろう。とにかく山崎丞には、漢(おとこ)の野望のあわれさがあって、私は嫌いではない。
#新選組 #鍼灸 #大坂
●ああ新選組ー②
✪もっとも、新選組にも、大坂の町人あがりの者が二、三はいた。谷町あがりとか、高麗橋の鍼灸屋の息子などがそれだ。
この連中は、柄にもなく武士になりたがった。当時、新選組に入れば、将来お旗本に取り立てられるという風説があった。入隊には厳密な武術の試験があったから、それをパスしている所を見ると、左官も鍼灸屋も一応は強かったのだろう。特に鍼灸屋は香月流の棒術に長じていた。名を山崎丞(すすむ)といい、新選組のたいていの修羅場には顔を出している。
早くから副長助勤(中隊付将校)になり、鳥羽伏見の戦いで銃丸を数発あび、同士とともに、大坂に逃れて幕府の軍艦富士山丸に収容され、江戸へ逃げる途中、紀州沖で息をひきとった。息をひきとるとき、「お旗本になれずに死ぬのか」と言った。死体は水葬された。海軍式の水葬を受けた最初の人物だろう。とにかく山崎丞には、漢(おとこ)の野望のあわれさがあって、私は嫌いではない。
#新選組 #鍼灸 #大坂
