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『大人の教養教えます』ー鷲田小彌太
●漱石や鴎外の教養ー⑧

✪子供であり得なかった
【一家の柱】

✪鴎外は、今の島根県、石見の国津和野藩に生まれた。家は、儒医であった。1873年、11歳のとき東京に出て、13歳で、東京医学校予科に入学した。年齢を2歳水増ししての入学であった。そして、19歳で、大学を卒業している。とにかく、尋常でないスピードだ。

鴎外は、生まれたときから、森家を支える「家長」たるべく一家全員から期待された。また、その期待に応えるべく一途に励んだ。山崎正和は、「生まれながらの『父』」(『鴎外闘う家長』河出書房新社)と鴎外を規定しているが、至言である。

つまり、鴎外は、一家全員から慈しまれた十分な時期があったが、「子供」の時期はなかったのだ。現在なら、頭でっかち、マザーコンプレックス、点取り虫、出世主義、等など、あらゆる悪口を言われるに足る、嫌味な「子」だったのだ。こんな子が持つべき、また、現に持った教養は、どこか歪んだものだとは思わないだろうか。真似などできなくて、したくなくて、当然なのではないか。

#教養 #家長 #入学