『司馬遼太郎が語る日本』ー司馬遼太郎
●近代を買い続けた日本ー②
✪港は阪神間にありました、西宮港や、いまは高級住宅地の芦屋とか、御影とか、岡本などがそうです。
いわゆる灘五郷につながるあたりは、樽問屋が多かったですね。樽職人がしきりと活躍しておりまして、大きな樽をつくって、そこにお酒ならお酒を入れて樽廻船で運びます。樽を積み込むためにできあがった千石船ですね。いまでいえばコンテナ船です。樽廻船がピストン運動のように江戸へ送られ、さまざまな物資が運ばれた。これが江戸経済の基本であります。
つまり、樽が改良されることで江戸期の商品経済は大きく膨脹したし、スピードアップした。そして機能化したわけです。ほかにもいろいろな道具でもって江戸期を説明することができますが、樽がいちばんいいですね。
そういう江戸期の商品経済の活況が、いろいろな思想を生む結果になりました。
ひとことで言えば、ものをリアリズムで見ようという思想です。
これは朱子学離れであります。
幕府が定めた漢学は朱子学ですが、江戸幕府は朱子学でなければ殺すぞというような、そんな怖い政府ではなかったものですから、いろいろな学問、思想がどんどん出てきた。
