『司馬遼太郎が語る日本』ー司馬遼太郎
●近代を買い続けた日本ー①
✪江戸時代の話であります。
樽というものは、江戸初期に出現します。もちろん小いさいものはそれ以前にもありました。樽は内側がくぼんだ板を何枚も張り合わせてつくりますね。婚礼で使う三方とか、せいぜいあの程度のものはあったのですが、あまり大きなものはできませんでした。ですから、物を運ぶとき、あるいは物を貯蔵するときに使う、大きな容器は長年の夢でした。
ところが、江戸時代初期にオランダ人が長崎に登場します。
オランダ人はワインを飲みますね。ワインの樽は日本の樽とは違いますが、日本人がそれを見て、これと同じ物をつくりたいと思ったのだと私は思ったりします。
ヨーロッパでは、どうもギリシャの昔から哲学者が樽のなかに住んでいたというぐらいですから、大きな樽があったようですね。けれども、日本人は西洋の樽を見てから、大量の物を運べる容器としての樽をつくったと、想像しています。
みなさんご存じの、葛飾北斎の絵がありますね。樽職人が大きな樽をつくっています。樽をつくるのは難しいそうですね。水が漏れないように、誇り高き職人が技術をふるっている。その向こうに富士山が見えるという、奇抜な構図の絵です。後に印象派に大きな影響を与える北斎の構図は、樽が主役であります。
江戸は大消費都市でした。
生産はほとんどしない、その大消費都市に、お酒から醤油から味噌から菜種油から、しまいには飴玉まで上方から持っていきました。
