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『荷風歓楽』ー小門 勝二
●浅草と「荷風のケチ」ー④

✪荷風は晩年、素人の女を極度に怖れていた。女といちど関係を結ぶと、きっとその女は荷風の家へわがもの顔をして訪れてくるのが決まりだった。
ところが、荷風の家は、一歩入れば、乞食小屋にひとしい状態だった。徹底した無物主義なので、ボロボロのフトンの万年床、座敷の真ん中へ七輪をおいてコーヒーを沸かすといった塩梅(あんばい)で、家こそ新しいが、屋内はまるでバタ屋の掘立て小屋の中と同じようなすさみ方であった。

そういう荒れ果てた部屋の奥に幅一間、高さ一間の本棚があって、その最上段に鴎外全集がぎっしりと詰まっていて、つぎの段に露伴全集と荷風全集を並べていた。そのほかの本はすべてフランスの文学書ばかりであった。これらの本が部屋の中のバタヤ風景と奇妙にコントラストを描いていたのである。

「ぼくの家へよく女が乗り込んできますぜ。たいがい玄関で追払っちまうんですよ。それでも帰らないのがいますから、そういう女たちには、そんなら泊まって行ってもいいですよ。泊まっていくとしたらいくら払ったらいいのかと言ってやるんですよ。こっちから女を買いに行くつもりをすりゃ、向こうから出張して来るんだから安上がりでしょう。こっちがこれは三千円やろうかと値踏みしているうちに、向こうがびっくりして帰って行っちまいますよ」




#ボロボロの万年床 #鴎外全集 #三千円やろうか?