『文藝読本ー永井荷風』ー江藤 淳
✪『新橋夜話』に、荷風は、
《芸者がお座敷という一声に病を冒(おか)して新粧(しんしょう)を凝(こ)らし、勇ましくも出立って行く時の様子は、恰(あたか)も遠寄せの陣太鼓に恋も涙も抛(なげう)って、武智重次郎のような若武者が、緋縅(ひおどし)の鎧(よろい)美々(びび)しく出陣する、その後ろ姿を見送るような悲哀を催させるものだ》
と書いている。同じような賛嘆と共感が「ほたる草」の叙述の背後に流れている。つまり作者は、情熱によってではなく「商売気」によって、あるいは性への期待という欲望を芸者の勤めという「役割」の自覚のなかに隠して、情事におもむく芸者の姿を美しいものとしているのである。これは明らかに古典主義的な感受性である。そしてこの厳格な抑制が解き放たれたとき、そこにはもっとも放恣(ほうし)な性が展開される。
