『泣きどころ人物誌』ー戸板康二
●泉鏡花の病菌恐怖ー⑦


しかし、鏡花は「鳥屋でよござんすか」と念を押した。「じつはコレラがこわいので夏から外出せず、うちで豆府(と書いておく)と煮豆ばかり食べていたので閉口していたところです」といった。

水上はその夜、初音にはじめて行ったが、酒を愛した人なので、この店の「青首」と綽名(あだな)された銅の徳利の酒が盛りのいいのをほめている。連作「貝殻追放」の中で、「さもしい話だが、或るとき盃で計って見たら、よその待合や料理屋の一本半に匹敵した」とある。

 

こころよく酔った鏡花としばらく飲んで、外に出て、なお別れにくくなった。

往来の真ん中で、酔いがまわって少しふらふらした足取りの鏡花が、「弱ったな、又鳥屋なんだが、よござんすか」といい、金喜亭という二軒目の店に上がったというのだが、「鳥屋のはしご」とは、落語の題に選ばれそうである。

煮立てるという点では、豆府も、湯どうふを最も愛した。大正13年に書いた「湯どうふ」という随筆は、文章がうまいので、読みながら、豆府の煮える音、刻みネギのにおい、口に入れた時の熱い舌ざわりまで感じられて、しかも、単なる食味のエッセイでもない。

 

いろいろな作家が味覚に関した文章、料理についての感想を示している中で、この「湯どうふ」は飛び抜けた文章だといえる。

うなぎは嫌いであった。これは好きでない人がかなりいる。ひとつは、長いので蛇を連想するからだが、うなぎの顔がうとましいというのであった。

「犬がいやなのは、どこか、うなぎの顔に似ているからですよ」といった。

海老もいやがった。鏡花にとって、海老はきわめて非衛生な生物だったようだ。

 

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