『殿山泰司について』-映画評論

 

 中学生のころ”殿山泰司”の「日本女地図」を読んだ。早熟といえば早熟である。3歳上の兄がいて、兄の読むモノを読んでいたので同級生よりは3年は進んでいたのではないか?と、思う。「日本女地図」というのは、日本全国、北は北海道から南は沖縄まで日本全国の”女のあるモノについて”の寸評がダラダラと書き連ねてある。実際の体験を通して書いてあるのだと思うが、ご苦労なことである。15歳の子供にはチト刺激が多いものであった。

 

そういうことで、スケベな”ハゲおやじ”の印象しかなかった”殿山泰司”ではある。彼はいろんな映画に出演していて、セリフの素人っぽい”オヤジ”であり、素朴な、朴訥とした味を出している。”笠智衆”のサラリとした素人っぽさとは違う、”百姓っぽい”演技である。”乙羽信子”と”新藤兼人”は親友であり、一緒に映画を作った仲間でもある。”殿山泰司”には、昔の佳き時代の”匂い”を感じることができる。これは、”榎本健一”通称”エノケン”とか”由利徹”とか”渥美清”のながれである。ストリップ小屋出身の”ビートたけし”にもこの種の”匂い”はあるが、いまでは”北野監督”というたいそうな”監督”になってしまった。

 

同じく”渥美清”も「男はつらいよ」で”フーテンの寅サン”を演じつづけて、その本来の味はなくなってしまった。”渥美清”は”脇役”で渋い味を出したほうが良かったと思う。それにつけても、”山田洋次”監督は”男はつらいよ”を48作もダラダラと作ったものである。あの”クサイ”演出はどうもいただけない。あの中で良かったのは初代おいちゃん役の”森川信”だけである。・・・・・・・・。同じく、”黒沢明”監督の作品もよくわからない。美術専攻の監督だけあってビジュアルはキレイでいいと思うが、ストーリーのほうがイマイチである。

 

映画はストーリーが第一にあり、起承転結で話が完結するものである。もっとストーリーを練って作れば万全であったと思う。だから、出来不出来がハッキリ分かれている。「どですかでん」などは最初から最後まで何の話か分からずじまいであった。しかし、初期の作品で「生きる」は良かった。”志村 喬”演ずる市役所の課長がガンに冒され余命いくばくもないという宣告を医者から受けて、その残された時間を市民のために精一杯生きるというストーリーである。仕事を成し遂げた”志村 喬”が夜の公園でブランコに乗り”ゴンドラの唄”を口ずさみながら死んでいくというストーリーである。”感動”・”感動”・”感動”で、涙がとまらない。白黒映画ではあるが、一度観てみる価値はある・・・・・・。