
『極道辻説法』-今 東光
●潔癖症の治療法について
泉鏡花先生が神経質でね、外から帰ると手を洗う。便所なんかに入った時には、シャボンで洗った上にオキシフルで拭いたもんだ。そして急須、土瓶、鉄瓶なんか全部の口にボール紙で作ったキャップをはめていた。お茶を飲むというと、それを外して入れる。そしてまたすぐぽっとはめる。熱いお湯を入れりゃあバイ菌なんか死んじゃうはずだし、そんなにしたってしょうがないのに、泉先生はいつもそうだった。
谷崎潤一郎先生も一時そうだったな。オキシフルでうがいして、手を拭いて。それでオレが風邪なんかひいて行ったりすると「あっ、東光、風邪ひいてるな。帰ってくれ!風邪うつされると大変だから」。今度はご自分で風邪ひいている時オレが行くと「帰れ、帰れ、オレの風邪がうつると大変だ」「冗談じゃありませんよ。先生の風邪くらい、屁ともありません」って言うと「お前は野蛮人だ」と怒るんだよ。
それから中河与一がそうだった。彼もオキシフルを持っていて、手を拭いて、ペンを持っても箸を持っても、また持つ前にも手を消毒しないと気がすまないんだ。だけど、面白いことに、これは一種の瘧(おこり)みたいなもので、ある時期が来ると、黙っていてもケロッと治っちまうもんなんだ。まさに'' 瘧が落ちる '' とはこのことで、ケロッとしちゃうんだ。谷崎先生も泉先生も晩年にはそんなことなかったし、中河与一なんかもいまはケロッとして手を洗いもしないし、オレの部屋まで平気で入ってくるからな。
それでも早く治したいっていうんなら、病気と闘う以外はない。たとえば、電車の吊革にさわって帰ってきても、一切手を洗わない。パチンコやっても絶対に手を洗わないで食事をするとか。パチンコやって梅毒にかかったなんて話聞いたことないだろう。
とにかく、思いきって飛び込んでみるこった。
#風邪 #オキシフル #泉鏡花・潔癖症