『言葉につける薬』ー呉智英
●角隠しは何を隠すか-②

 
 日常生活は洋風になってきたが、花嫁衣装は和風という場合が多い。その和風の花嫁衣装で頭にかぶる”角隠し”という一種の帽子がある。これは何を隠すのだろうか。角とは何か。悋気(りんき)だの出しゃばりだのの象徴としての角である。こういう角を抑えて従順な良き妻に、と言ってしまえば古くさく聞こえるけれど、あながち間違いではない。
そう、お姉さんの結婚式の時にも恩師の校長先生がそんな祝辞をくださったはずだ・・・・・・と、こんな風に誰しも思うだろう。

だが、それは真実だろうか?辞書を引いてみよう。どの辞書にも「角隠し」が「角を隠す」とは書いていない。もっとも、「角を隠すのではない」とも書いていない。それなら、常識的に「角を隠す」と解すべきなのだろうか。

昭和8年初版発行の『大言海』を引いてみよう。驚くべきことが書いてある。

●つのかくし 
《角隠》婦人の仏参などの時に用いる一種の製(こしらえ)の帽子。今は結婚の式に、新婦の被(かぶ)る一種の頭飾りをも云う。

●すみかくし
《角隠》額付きの角を隠すの意か。角頭巾も、あり。ツノカクシと読むは非なり。真宗信者の婦女などが、寺詣りに被るもの・・・・・・・。

なんと、角隠しが隠すのは角ではなくおでこの角なのである。「ツノカクシと読むは非なり」、すなわち「角隠(つのかく)し」は誤読なのだ。「角(すみ)におけない」を「つのにおけない」とよんだようなものである。こんな誤読が半世紀もたつと、誤読であることさえ辞書に記されずに、誤読のほうが項目として採用されるようになってしまった。

そして、「角隠し」は女を従順にする麗しい伝統なのだと”悪いイデオロギー”は主張し、いや、だから古い因習は打破すべきだと、”良いイデオロギー”は主張する。軍国主義も国粋主義も民主主義も、真実を見ず、真実を見えなくして得意がっている。





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