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『松下政経塾講話録(5)』
●渡部昇一(1930~   ) 上智大学名誉教授

✪農耕社会の精神構造-①

農耕社会の特徴は、土地にしがみついて、その土地にいる限り大丈夫であるという、安心感が前提となります。この安心感が農耕社会の精神構造の基礎にあります。特に、日本の単位農耕生産高は、昔から非常に高くて、西洋史の農業経済の専門家は、昔でも日本とヨーロッパの単位面積における収穫量の比率は50対1ぐらいの差があったのではないかと試算している人もいます。

まあ、それは少し極端として、うんと少なく見積もっても、3分2も休閑地をもつヨーロッパに比べれば、日本はその10倍ぐらいはあったろうと思われます。とにかくケタ違いに農業の生産率が高いということは、それだけ土地にしがみついていれば、心配なく食べていけるということなのです。

そういうところから生まれてくる発想法には、個人の能力や資格は無視して生活するという際だった特徴があります。無視して差し支えないのです。農業にもうまい人、へたな人、いろいろいるはずです。ところが農耕社会においては、その差ははっきりとは出ません。
例えば、三人力の男と半人力の男とが田を耕した時、どれだけ差が出るかというと、ほとんど差は出ません。村の中ではそんなに耕す広さは変わらないので、半人力でもまじめにやれば、ちゃんと間に合うのです。だから、能力よりは、まじめかまじめでないかという品性の方がずっと重要です。

しかも、収穫したお米の味にも大差はありません。ラジオなら作る人の腕前によって音が違ったり、デザインが変わったりしてずいぶん違いが出ますが、米というのは、同じ種を蒔いて耕せば、土地が変わらない限り味は同じです。変わるとすれば、それは日当たりが良い場所だとか、水はけが悪い土地であるというような、当人の責任外のことに起因します。したがって能力は無視できます。



#農耕社会・精神構造 #生産性 #松下政経塾・渡部昇一