”朱子の正統論-⑥”山本七平
例えば、明智光秀の場合、正統論がまだない時代ですから反乱とは見なされないのです。天下取りの勝負をするために、信長だって他の者だってみんな同じことをやっているのであって、少しも悪くはないのです。天下を取って、天下人になればそれでよいということなのです。
ところがそれは家康にとって非常に困ることで、朱子の正統論を一生懸命取り入れて幕府の官学にしたのは、明智光秀のような場合は反乱であるという根拠がほしかったわけです。誰でも天下人になれるのでは困るわけです。そのために朱子学を入れたわけですが、これが幕府にとって大きな自己矛盾になってきます。つまり、正当性を持っているのは天皇だけだと幕府も言わざるをえなくなる。幕末になると幕府も一生懸命、尊王と言っているわけです。思想的転換が行われるのは面白いことで、戦後の人間がみんな民主主義、民主主義と言っているのと同じことです。この場合、なぜ幕府が悪いかという論証は、攘夷論という形で出てきたわけです。
徳川幕府は洋夷と手を結んでいる東夷である、という発想が当時出てきました。ですから攘夷を主張しない人間は尊王ではないという論理がここから出てくるのです。これで「尊王攘夷」というひとつのイデオロギーができて、これが倒幕という形で機能していく一つの思想的思想的根拠になるわけです。
ですから、明治になっても、田舎から陳情する者のなかには、御維新ができたのにまだ攘夷は実行しないのか、などと言う人間がいくらでもいたし、いて当然なのです。攘夷するために、あれだけの大改革をやって、幕府を追っ払ったのですから、今度できた政府は攘夷をやらなければ論理的に合わないのです。
