『下らないもの』について
アメリカ大陸が発見され、移民がぞくぞく入り農業が盛んに行われた。しかし農業技術が未熟であり、アメリカで造られるその当時の酒はまずかった。
イギリスのスコッチやフランスのブランデーのようなものはなかった。よってカクテルみたいなものが考案された。
酒に果汁を入れるなど邪道としかいえない。うまい酒を造るためにも、農業技術や文化の蓄積が必要とされる訳である。
江戸時代は大阪が江戸の巨大な消費を、ささえた。八代将軍'' 吉宗 '' のとき、紀州から漁師を江戸に連れて行ったので、江戸の漁法が格段に向上した。紀州の漁師は日本一の技術を持っていたのである。
味噌や醤油の製造法も紀州からもたらされた。
また、大坂の佃から技術者をまねいた。これらの人びとが住みついて、佃島で加工したのが、'' 佃煮 '' である。
江戸付近でも酒は作られたが、水が悪いのと農業技術の遅れのためにまずかった。それで、下り(大阪から江戸へ)の酒がよろこばれ、下らない酒はまずい、とされた。このことからつまらぬコトやモノを「下らない」というようになった。
#江戸 #下らない #紀州
アメリカ大陸が発見され、移民がぞくぞく入り農業が盛んに行われた。しかし農業技術が未熟であり、アメリカで造られるその当時の酒はまずかった。
イギリスのスコッチやフランスのブランデーのようなものはなかった。よってカクテルみたいなものが考案された。
酒に果汁を入れるなど邪道としかいえない。うまい酒を造るためにも、農業技術や文化の蓄積が必要とされる訳である。
江戸時代は大阪が江戸の巨大な消費を、ささえた。八代将軍'' 吉宗 '' のとき、紀州から漁師を江戸に連れて行ったので、江戸の漁法が格段に向上した。紀州の漁師は日本一の技術を持っていたのである。
味噌や醤油の製造法も紀州からもたらされた。
また、大坂の佃から技術者をまねいた。これらの人びとが住みついて、佃島で加工したのが、'' 佃煮 '' である。
江戸付近でも酒は作られたが、水が悪いのと農業技術の遅れのためにまずかった。それで、下り(大阪から江戸へ)の酒がよろこばれ、下らない酒はまずい、とされた。このことからつまらぬコトやモノを「下らない」というようになった。
#江戸 #下らない #紀州
