”三億円事件のドラマを見た!!”
昨日はテレビで「三億円事件」のドラマを見た。昭和43年12月10日に東京都・府中市の刑務所のあるところで事件は起きた。白バイ(改造車)に乗った偽白バイ隊員が銀行の現金輸送車を止めて、行員を車から降ろして、自分が現金輸送車に乗り込み、まんまと3億円を強奪した事件である。当時の3億円は現在の30億円の価値があるとも言われている。事前に脅迫状を銀行に送りつけており、伏線は十分敷いた上での犯行であった。遺留品は153点にものぼり、逮捕は時間の問題と見られていたが、いっこうに捜査は進展しなかった。そこで、警視庁のエース”平塚八兵衛”が投入された。”平塚八兵衛”は「吉展ちゃん誘拐事件」の犯人に口を割らせるなど94回の”警視総監賞”をもらったたたき上げの刑事であり、試験を経ないで”警視”まで駆け上がった”有名刑事”である。
”平塚八兵衛”は、人の調べた捜査記録は、ほとんど信用しなかった。自分で確認した事以外は認めなかった。その中で、一番捜査の足を引っ張ったのは、”モンタージュ写真”であった。事件の目撃者は、銀行の行員を除いて4人いた。しかし、誰も犯人の顔を覚えていなかった。こういう場合、ヘルメット姿の制服警官を見たことしか記憶に残らないみたいである。制服の中に個性が埋没してしまうみたいである。そのいい加減な聞き取り調査によりいい加減な”モンタージュ写真”が作製され、これが犯人の”顔”として一人歩きした。”平塚八兵衛”はこの”モンタージュ写真”についての信憑性に疑いを持ち、目撃者問いただした。目撃者は誰も確信を持って、証言した者はいなかった。---後日、この”モンタージュ写真”は犯人の顔ではないとして取り下げられた。
この事件は、周到に計画された犯罪であり、事件に使われた、オートバイ・2台のカローラ、白バイ偽装用のスピーカー等々、全て盗難品ということである。そして、前もって銀行に何通かの脅迫状を送付しておりね支店長宅を爆破するという警告も発していた。その上で、犯行に臨んでいる。現金輸送車の行員たちも、爆弾が自動車に仕掛けられているという脅しに簡単に乗ってしまった。また、緊急配備した警察の検問を、ジュラルミンのケースを積んだライトバンが突破している。
最初に犯人と疑われた少年は、立川市の非行少年グループのリーダーであり、父親が現職の白バイ隊員だった。白バイにも詳しく、自動車の三角窓を割り、エンジンとスターターを直結する手口で自動車の盗難を繰り返していた。発煙筒をダイナマイトと見せかけた強盗事件を起こしていた仲間とも親しかった。それで、警察は被疑者としてマークしていたが、事件の5日後、自宅で青酸カリを飲んで自殺した。
その後も、10万人にもおよぶ被疑者をあげて、17万人にものぼる警官を投入したが、ついに犯人を逮捕できないまま時効を迎えた。この事件に投入した経費は9億円にものぼったということである。世間では無責任にも、誰も傷つけずに3億円を奪った犯人に対して、「よくやった。」というニュアンスの人々もいた。この事件の教訓として、大量の現金輸送の危険性が認識されて”給与振り込み”の制度ができあがったとも言われている。
---このテレビ番組が放映される前に、現金輸送車から9,000万円(のちの情報では6,900万円)が奪われるという事件が東京都・阿佐ヶ谷北で起きた。現金輸送車から離れてATMに現金の出し入れで46分間離れていたという”間抜けな事件”である。”バカよけ防止のマニュアル”も40年という歳月の経過により忘れられていたのであろうか?
