”逆臣・青木幹雄!!-②”


 2000年4月1日午後11時ごろ、時の総理大臣”小渕恵三”が脳梗塞で倒れた。小渕はお茶の水の順天堂大学医学部付属病院に運び込まれた。小渕が生死の境をさまよっていたにもかかわらず、当時、官房長官だった青木は国民にその病状を隠蔽したまま、自身が首相臨時代理に就き、腹心の”森喜朗”を小渕の後継首相に選出するという密室での政権移譲をやってのけた。


小渕が倒れたその日に「赤坂プリンスホテル-550号室」に、”青木幹雄(官房長官)・”村上正邦(参議院議員会長)・”森喜朗(自民党幹事長)・”亀井静香(政調会長)”・”野中広務(幹事長代行)”の5人が集まったのである。後に「密室の五人組」と呼ばれる5人による密室での謀議である。青木は、小渕の病状について独り占めして外部に漏らさなかった。この日の緊急記者会見では、「過労のために緊急入院した」と偽った。記者から小渕の意識ははっきりしていたかと問われ「別に意識はどうということはありません。(意識は)あります。」


青木は小渕が集中治療室に入っている事実はおろか、病名さえ一言も口にすることさえなかった。青木は一進一退する小渕の容態を刻一刻と誰よりも早くから知りうる立場にいた。


青木は一週間後の4月10日、国会答弁で、小渕から「何かあれば万事よろしくとの指示を受けた」と発言している。---密室での会議では、後継総理を誰にするかということで、話は進んだ。野中「いつまでも小渕さんの病状を伏せておくわけにはいかないだろう。」

亀井「臨時代理を置かなくてはならないが、官房長官がなるのが筋だろう。」


青木「小渕さんの容態は非常に重い。長期間にわたって再起できないようです。総理の仕事は執務不能です。」


村上「小渕さんが長期にわたって再起できず、執務不能という状態であれば、小渕さんの後継を決めなくてはならない」


亀井「首相臨時代理はあくまでも暫定的なもので、そのまま首相になるってわけにはいかないからなあ」


村上「自民党幹事長というキャリアからいったら、森さんを後継にしたらいいんじゃないか」


森はこの一言を待っていたようだった。身体をしきりに左右に揺らし、落ち着きがなかった。


亀井「森さん、(首相を)やりたいんだろう。やったら、いいじゃないか」


村上「亀ちゃんもああ言っていることだし、森さんしかいない」


小渕後継は森、と口火を切ったのは村上だった。野中は異論を挟まなかった。また、森以外の名前は具体的に挙がることはなかった。その間、青木は終始、沈痛な顔つきで言葉数も少なかったが、流れが森に落ち着きそうになると「それでいいんじゃないですか」とだけ言った。


森は「私のようなものでお役に立つのであれば(小渕後継の首相を)やらせていただきます」と言った。


これで小渕後継は森と決まった。