”大分県教委汚職について”
大分県の教育委員会の汚職は、どんどん拡がりを見せて、更なる逮捕者が出そうな予感をさせる。教員採用に止まらず、昇格についてもワイロが贈られていたようである。ワイロを贈らないと昇格できないという体質も異常であるが、平然と受け取るという体質も異常である。聖職も地に落ちた感がある。上は高級官僚から下は平の公務員まで襟を正す必要がある。
”公僕”という言葉も死語になって久しいが、公のしもべという感覚はとうの昔に消えて、特権階級という驕った認識しか持ち合わせていないからであろう。いったん就職してししまえば、よほどの事がないかぎりクビになることはないし、安定した収入が約束されている職場である。”親方日の丸”で民間企業のように倒産の心配もない。このだれきった環境で、権力をにぎった一部の不心得者が権力の濫用をしているのが実情であろう。他の都道府県でも同じようなことがないとは言えまい。
”居酒屋タクシー”の件も驚かされたが、税金を無駄に使っているという感覚はないのであろう。しかも、厚労省では事件発覚後、昨年度に使用した深夜帰宅のタクシー券をすべて廃棄していたことがわかった。これは証拠隠滅と言われてもしようがない。
高給を取り、退職後の天下り先もあり、万全の体制で生涯賃金を民間のサラリーマンの何倍も取る高級官僚の実態はこの程度のものである。この程度の官僚がこの国を動かしているのである。年金にしても、健康保険にしても、道路にしても、財政にしても、よくなる訳がない。・・・・・・・・・ひるがえって考えるなら、この程度の官僚を持っている国民の民度もこの程度であることは間違いないところである。

