”朱子の正統論-⑦”


  

 明治の人間には、体制は自分たちが作ったという明確な意識があります。何に基づいて作ったのかと言えば、朱子学に基づいて作ったわけです。しかし、できてしまえばその思想は、今度はそれ以上の近代化の役には立ちません。これがわかっていたのが大久保利通で、それが彼の非常に面白いところです。西郷は朱子学的規範を最後まで持っています。


大久保は組織という点では朱子学的なものを捨ててしまいます。全部捨てて、ヨーロツパの組織を入れるのが当たり前と考えるのです。これが実は天才的な発想だと思います。なぜそういう発想をしたのかというのが不思議なくらい天才的です。


法というものは、その国の一つの伝統から生み出されたもので、その伝統を法制化したという意味では、むしろ貞永式目の作り方はどこの国でもやっている、典型的な法の作り方です。これを勝手に外国から輸入するというのはまことに面白い発想で、固有の伝統的な社会構造と、それと関係のない法体系とをもってきて、なぜ、それが機能しうると考えたのか。こういう発想がどこから出てきたのか。これは大久保が基本的にもっていた発想と同じだと思います。つまり、天皇の正当性というのは絶対であり、その間をつなぐ組織というものはヨーロッパから輸入していいという発想を持った最初の人間は彼ではないかと、私はそう考えております。これがいわゆる明治というものを機能させたのだと思います。