”食は民の天なり-弥縫録より”


 王者がいちばん大切にしなければならないのは人民であり、その人民がいちばん大切にしているのは食べることである。言いかえると、人民が安心して、じゅうぶんに食べられるようにするのが、王者の第一のつとめなのだ。

仁徳天皇は、民のカマドからたちのぼる煙が少ないのを見て、租税を免じた。また戦争では敵情視察のとき、カマドの煙によって、兵数や兵糧の多寡を察することができる。そしてその定石を逆用する戦法も生まれた。二人の孫子の一人、孫臏は斉の将軍として魏と戦ったとき、初日、十万のカマドを作らせて、翌日五万に減らした。さらにつぎの日は三万に減らした。魏軍はこれを見て、---斉は脱走兵がふえている、と判断し、軽装の騎兵隊で追撃したが、馬陵の谷で待ち伏せにあい全滅した。カマドはわざと減らしたのである。そして伏兵を含めて兵数はかえって増やしている。これを『増兵減竈(ぞうへいげんそう)の計』という。

食べ物をつくりだすカマドは、人間の生活になくてはならぬものである。生活の中心である。古来、われわれの祖先はこの生活の中心であるカマドを丁重にあがめ奉ってきたものだ。カマドの神はその家の人たちの生活を一番よく知っている。どんなにうわべをごまかそうとしても、カマドの神はすべてを見抜いてしまう。中国の伝説によれば、カマドの神は陰暦十二月二十三日、その家のことを上帝に報告に行き、大晦日に戻ってくるという。カマドの神は上帝が派遣した諜報員だったのである。それで人々はカマドの神に飴を供えてまつる。神さまに飴をしやぶらせ、自分たちのことをうまく報告してもらおうという魂胆なのだ。