”論語知らずの論語読み-⑤”


 

 子曰ク、三軍モ帥(スイ)ヲ奪ウ可(ベ)キ也。匹夫(ヒップ)モ志(ココロザシ)ヲ奪ウ可(ベ)カラザル也。


 子曰く、どんなに強い軍隊の長であっても、その身体を縛り上げることはできる。しかし、どんなに弱い男でもその人の心を縛り上げることはできない。


 森鴎外に「最後の一句」という短編がある。大阪の廻船問屋の”桂屋太郎兵衛”という者が、金にからんだことで罪に問われ、木津川口に三日間、曝(さら)した上に打ち首にされることになった。


これを知った太郎兵衛の長女”まつ”(16歳)が、幼い弟妹たちと語らって、父の助命嘆願をした。ただ殺さないでほしいと言っても聞きいれてもらるわけはないから、その代わりに私どもの命を差し出します、と頼んだ。


白州で取り調べが始まるが、大阪西町奉行”佐佐又四郎成意”は、誰か大人がそそのかしてこの助命嘆願書を書かせたのではないかと疑っていた。


「それなら、今ひとつお前に聞くが、身代わりをお聞き届けになると、お前達はすぐ殺されるぞよ。父の顔を見ることはできぬが、それでも好いか」


「よろしゅうございます」”まつ”は冷ややかに答えた。ちょっと考えて、


「お上の事に間違いはございますまいから」と言い足した。


そのとき、西町奉行”佐佐又四郎”の顔に驚愕の色が見えたという。


”太郎兵衛”や”まつ”の運命がどうなったかは、鴎外の原作を読んでもらえばわかるが、古今東西「お上の事」は間違いだらけなのを薄々感じていたからこそ、”佐佐又四郎”は不意を打たれたような顔をしたのであろう。


現在では、お上のなさることは”間違いだらけ”という前提のもとに、二重、三重に間違いをチェック出来るようにしてある国が多い。幸い、日本ではその建前で、誰でも自由に政府のやりかたを批判できる。


しかし、「お上がいいと言ったものはいい。悪いといったものは悪い。」それに疑いをさしはさめば命が危ない国もある。


たいていの人は、そういう状況に置かれたら、多分沈黙するだけがわずかな抵抗になるだろうが、今も反体制を売りものの威勢のいい人たちにしかと承っておきたい。


安全な時だけの”反体制”ではないでしょうね。命が危なくなり、こんなはずではなかったがとなった時にも、


「お上のなさる事に間違いがある。」


と言ってくれるんでしょうね。


世の中、黙らざるを得なくなると、勇気のないのが、読み人知らずの落首みたいなのをはやらす。チェコの自由化がソ連の戦車ではばまれた時、


「ソ連とチェコはほんとうの兄弟と思っているか?」


とロシア人が聞いたという小話が出来た。


「もちろん思っている。」チェコ人が答えた。


「友人は選べるけど兄弟は選べないもの」