”あじ”


---あじは、刺身によし、塩焼きによし、煮付けによし、また、干物にもよしで、身近な魚としてなじみが深い。


※夕鯵の声は売り手も生きてはね


---夕鰺はとくに珍重された。むかし、日本橋に魚河岸があったころ、夏は、朝ばかりでなく、”夕河岸(ゆうがし)”と称して、午後3時半ごろにも市をひらいた。夏は魚が腐りやすいので、近海で獲れたばかりの魚を競り売りした。そこで、いきのいいあじが、「あじあじ」と夕方の街を売り歩かれ”夕あじ”の名も生まれた。


※暮れ方におい出なさった肴売り


※酒呑みの耳を突きぬく鯵の声


※暑いこと盥(たらい)の中で鯵をよび


”いわし”

いわしは、「其の地(仙台)にて生鰯を一銭に14、5も売れば都にては、ちいさき干し鰯を一銭に16、7にも当たる」というように、土地により、時代によって相違はあるものの、もっとも安価な魚だったから、惣菜用には絶好だった。


※鰯の値が出来やしたとかかあふれ

---顔なじみのいわし売りが来たので、長屋きっての”論客”のおかみさんが、長屋代表として交渉した結果、うまく値切り、安いが上にも安くなったと大声で触れる光景も見られた。


”このしろ”


---コハダの成魚”このしろ”は、「このしろは初午(はつうま)ぎりの台に乗せ」という句もあるように、二月の初午の祭礼に供せられた。


しかし、焼くと人間を焼くような匂いがするといって、武士が切腹際の供魚とされ、縁起が悪いときらわれていた。一尾が2、3文と廉価であったために、庶民の食膳にはのぼった。


”さんま”


---さんまは「目黒のさんま」でもおなじみの大衆魚であり、庶民の秋の味覚として欠かせない。


殿様が、秋の野駆けに中目黒に出かけ、昼時の空腹のあまり、農家で焼くさんまを分けてもらって食べたが、その味が忘れられない。親戚に招待された際、お好みの料理をと言われ、さんまを注文した。


親戚では、おどろいて、上等のさんまを取り寄せ、蒸して、脂肪分を抜いて出したから、まずいことおびただしい。


「いずれから取り寄せた」


「日本橋魚河岸にござります」


「あ、それでいかん。さんまは、目黒にかぎる」


”鰻”


※錐よ金槌よと素人の鰻


というおおさわぎのあげくに


※釣ってきた鰻是非なく汁で煮る


鰻汁という珍料理ができあがった。