”海戦-②


 東郷が演じたあざやかな戦術運動はダンシング・チームのように整然と行動した。敵前においての逐次回頭もそうであり、各艦の砲術長が艦橋で全砲火の指揮を一手に握るという方法もそうである。各艦が敵の近距離に踏み込むと、それまでの鍛鋼榴弾徹甲榴弾にきりかえたというのもそうである。鍛鋼榴弾というのはただ炸裂して兵員その他を殺傷するだけの砲弾である。徹甲榴弾とは殺傷力は弱いが文字通り艦体の装甲部をぶちぬいて大穴をあけるための砲弾である。鍛鋼榴弾ではふつう、軍艦は沈まない。「彼我の距離が3千メートルになるまでは鍛鋼榴弾を使う。それ以内に入れば徹甲榴弾に切り替える。」という方法をとった。ロシア側はいっさいそういうことを考えなかった。その意味では、この海戦は、敵味方の各艦の性能や、各兵員の能力や士気より、日本側の頭脳がロシア側を圧倒したということであろう。ちなみに、この場合の「頭脳」は天性のそれを指しているわけではない。考え方というほどの意味である。日本側は考えぬいて全艦隊を機能化したということである。とくに東郷は「海軍の要諦(ようたい)は、砲弾を敵よりも多く命中させる以外にない。」という平凡な主題を徹底させた。「弾というものは、容易にあたるものではない。」と知り抜いていた。それで鎮海湾で待機中、射撃の訓練に明け暮れた。そして「砲員の能力も大切だが、それ以上に射撃指揮法が大切である」ということに気づき指揮法を研究した。鎮海湾で開発した指揮法がこの海戦に重大な結果をもたらした。 ----「戦艦は沈まない。とくにスワロフ以下五隻の新鋭戦艦の装甲はいかなる砲弾にも耐える」と、ロジェストウェンスキーもその幕僚たちも信じていた。秋山真之も----砲弾のみではとても敵の新鋭戦艦を沈めることはできない。として、昼間、砲弾で痛めつけ、夜間、駆逐艦と水雷挺のむれをくりだして満身創痍の敵艦に肉薄させ、魚雷をもって仕とめるという計画を立てていた。要するに12インチ砲弾でも戦艦を沈めることはできないというのが定評でありながら、この海戦ではロシア側の戦艦が日本の砲弾のためにどんどん沈んだのである。