皆さんには、信じる神がありますか?
私は、よく解っていませんが、過去の体験から、そういう目に見えない力は本当にあるのではないかと思っています。信仰を寄せているかと言われればそうでもないですが。
そのあたりはまぁ、いつか触れるとして、本題に入ります。
■何故宗教で人が幸せになれるのか
宗教に入って、神を信仰して、幸せになったという人は結構います。
それは何故か。
神が与えてくれた幸福、というのも、もしかしたら本当にあるのかもしれません。
ですが、今回はあくまで心理学的な目線から考えます。
まず、結論を書くと「物の捉え方が変わる」からです。
■合理的な宗教マインド
宗教の教えってどれもだいたいこんな感じです。
「神を信じる人には、必ず幸福が訪れます。
一見、幸福で無いように見えても、実は神により最悪の事態を免れているからかもしれません。
たまに試練はありますか、信じる限り必ず幸福は約束されます。」
そう教えられ、それを強く信じるようになると、物の捉え方が変わってきます。
例えば、駅のホームについた途端、目の前で乗るはずだった電車が発車したとします。
ある人はこう思います。
「クソッ、ついてねぇ。ありえねぇ。さっき信号に余計にひっかかったりもしたなぁ、ああついてねぇ。不幸だなぁ。」
神を信じる人はこう思うでしょう。
「あぁ、こんなことがあるとは...。私は神に守られて幸運なはずだから、これはきっと意味のあること。もしかしたら、あの電車に乗ったらスリにあったり、痴漢冤罪にあったり、何か良くない目にあってたかも。ラッキーだ。神よ、感謝します。私はなんて幸福なんでしょう。」
ちなみに、どうでも良いですが私はこう思いました。
「うっひゃー、行ってしまった....。まぁ、せっかくだから待つ時間を有効活用しよう。うーんと....」
ついさっき、そう思いながらこの記事のアイデアを思いついた訳ですから儲けもんでしょう。
他の例で、偶然信号が青続きだった時。
ある人は
「おっ、ふーん、いいね。こんな日もあるか。」
神の信者
「おぉ!こんなことがあるとは...!まさしく神の加護!なんて奇跡だ!なんて幸福なんだ!神よ、感謝します。私はなんて幸福なんでしょう。」
....ちょっと盛りすぎたように見えますが、後者の方が幸せそうに見えます。
■捉え方やフォローで不幸と幸福が変わる。
先に述べた結論のとおりです。
物の捉え方が違うから、不幸を不幸と認知できず、幸福を幸福と認知しやすくなるようなことが起こる。
脳科学、心理学の神秘ですね。
さて、では先の結論から考え、
幸せになろうと思えばどうすれば良いか。
物の捉え方を変えることからです。
幸せになったと思えれば、自信が溢れて、元気が出て、自身も元気もあればチャレンジできることが増えて、どんどん人生は好転していきます。
具体的にどうするか、それについては皆さんでお考えください。
後々他の記事で書いていく予定ですが、”考えること”は非常に大切ですから.....。



