ブログをこうやって書いているときは

書く側になり発信者になるのだけれど

 

画面の向こう側、つまり

読む側の人の状況も

置かれている環境が

どんなものなのかは見えないし

 

当然のこと顔も姿もわからないので

 

わからない部分は

想像してみたりして

 

誰かが、

読んでくれている人が、

 

「いる。」

 

という前提で書いている部分と

 

 

 

アウトプットしながら

もう一度

インプットし直して

落とし込む

 

という

 

自分に向けても書いている感じもあります

そんな中

コメントやメッセージをいただいた時は

読んでくれている人がいる

ことを実感できるビビッドな瞬間であり

 

さらには

 

「いまの状況にぴったりでした」

「ちょうど、求めていたヒントがありました」

「まさに私のことで びっくりしました」

 

というような

 

ピンポイトのヒット、があると

 

以心伝心のようなね・・・

なんとも言えない共有感

 

目には見えない繋がりのようなもので

通じてることを感られるのですね

 

 

いままでの経験から見てみますと

 

特に更新が頻繁に続いている時というのは

一連の流れがあったり

自分が書いている、というよりも

「なぜこれを書いているのかわからない」

妙な感覚の

書かされている感じ、感覚の場合

 

 

見かけ上は

私が書いているようでいても

パイプとなって座っているだけで

 

”私”が何かをしてるわけじゃなく

自動でそれが成されてる、感覚のときほど

 

ピンポイントのヒット!が起こるようなのです(*゚ー゚*)

 

 

なので私としては

偶然に書いたことが・・・ではあっても

 

本質、では

すべてはひとつ

すべては繋がっている

 

の視座から見れば

 

 

深いところの

無限の領域次元の繋がりを通じてるところで

 

読む側の人の思いを

無意識にキャッチしたり

インスピレーションで

伝わってくる何かを

 

読む人の必要とするものに変換して

書く側が書く、というふうなことが

起きてるんじゃないか?と。

(理屈では説明できにくい感覚で

うまくは言えませんが・・・)


 

 

 

10年近く前になるけれど

 

スピリチュアルな体験、

神秘体験や

 

いわゆる覚醒体験というのが

頻繁に起きていた頃に

 

自分の身に何が起こっているのか、が

わからなくて

 

無知の部分を頭は知りたがるままに

情報をひたすら探していることがありました

 

 

まだまだ

今ほど書いている人がいない時代

言葉すらメジャーではない時代

 

 

それでも

ピタリと一致する必要としているものが

やはり見つかったのも

偶然じゃなくて

 

 

先に体験した人が

今後それを必要とする人がいるという

予感、インスピレーションを受け取り

 

情報として発信していたのだと思うんですね

 

 

あの時の

見つかった時の

 

これだ!と一致した時の感動と

とても、とても 

救われた気持ちになったこと

 

そして

「書いてくれてよかった!」の感謝は

 

忘れることはできず

 

それがきっかけとなり

 

同じ体験をしていく人に

1つでも何かを拾ってもらえれば・・・と

 

純粋な思いのまま

今度は自らも書き始めました

 

 

 

いま思えば

 

これから意識の目覚めが始まる人たちとの

深い部分での繋がりからの

 

インスピレーションが

そうさせていたのかもしれませんね

 

 

・・・・・

 

・・・

 

今更ながら

 

書いていると

 

初心が蘇り

ふつふつと、、、

 

そうだったんだ。と

 

腑に落ちました

 

 

 

 

今日はこれを思い出すために

書いたのか(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

これからも

 

ブログを通して

1つでも何かを共有できますように

 

さらには

 

繋がりを実感できる機会を

みなさんと共に体験できますように

 

 

それも楽しみにして書いていきます雪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もきてくれてありがとう。


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