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DESCRIBE AN ARC

タイトル名は「弧を描く」です。歌を歌う時は弧歌(こうた)と称しているのでそこから選びました。
内容は駄文(基本どうでもいい話、頭の体操、ネタ)伝言(シリアスな話)趣味の話、親交の話を自由に書いてます。
ぬるーく見守ってくれれば良き

思い出補正というものがゲームにはある。


幼少期、お金がなく限りあるチャンスで誕生日やらクリスマスやらで親に買ってもらえるゲーム。


例えそれが世間的にクソゲーだとしても何か違うなと頭の片隅で感じていても何時間でもやる、親に怒られてもやる、イビキをかいて爆睡してる頃にそろーとやる、それぐらい無我夢中になったものだ。PS系はディスクを読み込む音、時々ガシャガシャギュンギュンいってて煩いが、SFCはこそこそプレイにはクリアだ。


そこで思い出補正抜きにしても今やっても名作だと言えるゲームを紹介したい


ずばりライブアライブ


僕の中でポケットモンスターシリーズも人生なのだが、RPGという群青劇を中で考えればライブアライブが群を抜いている。


SFCという古代の遺物なのに、未だにシナリオが濃い、濃すぎる。


むしろ最近はグラフィックに力を入れすぎて肝心の脚本はおろそかなRPGが多い気がする、面白かったけど話としては普通みたいな


まず自由度が高い、最初は7人の主人公がいて7つの好きな物語から始めれる。どれからやってもいい。


各々小学舘の当時の売れっ子作家が書き下ろしたキャラクターだ。今でも通じる名探偵コナンの青山剛昌、おぼっちゃま君の小林よしのり、他にも皆川亮二、島本和彦等がいる。きっと気に入る主人公がいるはずだ


選べる話も近未来編、功夫編、幕末編、西部編、原始編、現代編、SF編と過去から未来まで時を越えて様々だ。


一番主人公してるのは近未来編、一番継承が熱いのが功夫、一番何度やっても発見がある自由度高いのが幕末、一番ユニークなのが西部、一番下品なのが原始(好き嫌い別れそう)、一番森部のじいさんが現代、バイオハザードがない時代、一番ホラーなのがSF…


そしてどの編にもボスはいて、ボス戦の曲はメガロマニアという曲が使われていて、これはみんなで決めるスーパーファミコンBGMベスト100で4位に入るほどの燃え曲なんですね、凄いぞメガロマニア。PURE ODIOも好き。


そして全てをクリアすると中世編につながる、そこからが本番、記憶を消して何度でもプレイしたい(笑)


レイザーソニック本当好き、実況やってる人いたら「次のレベルでレイザーソニックという技覚えるよ、レイザーソニックはいいぞぉ」とコメント残してくほど火力、範囲、エフェクトの音好き(笑)



しかし最新がNew3DS、Wii Uとなるので、Switchでは遊べなかったりする。もし機会と本体があるなら手に取って遊んでみて欲しい税込で1千円しないから、RPG出来る人なら後悔しないから!


俺が金を払ってもいいぐらい(笑)

彼の名はブレイヴ


当時僕は演劇は好きだった、生まれつき自己を表現、何にでもなれると化けるのが得意だからだ。


学校演劇に留まってた。正直引っ越した学校の人工の母数が増えた影響で大した役が貰えなくて何とも言えない感情が学校演劇にはあった


そんな「お前が興味あるなら市民劇団来てみない?」と彼は誘ってくれた


そこは文字通り市民劇団、下は幼児から上は70を越える方々がいる。学校の演劇など枠の幅が三年、全てが僕にとって新鮮だった


キチンとした準備運動、発声練習を経ての取り組み。仕事をしてる人も多いので夕方から21時ぐらいまでほどほどの練習時間。僕は家庭環境的に金になるアルバイトでもなく、部活でも無かったので一緒に暮らしてる人々には歓迎されてなく、合間を盗んでのほどほどの参加だった。


ほどほどに参加出来なくをいいわけにしたくないが自分の台詞も四苦八苦だったのに、ブレイヴは自分の台詞は勿論僕の台詞も完全に覚えていた。というか本番に誰がどうなってもいいようにほぼ全ての台詞は頭に入っていた。


間違いなく言える、彼は天才とかではなく、盲目的な努力家。普通の人は均等にゲームや漫画やアニメ等好きなものがあるが、彼は演劇100%。その為に持っていたゲームも一時期を境にやってない、漫画ももう読んでない。


間近で同じ歳、同等に大人に隣で扱っていただくと分かる、努力の天才ってやつだ。


そのくせ面倒見がいい「親がうるさいから泊まっていい?」と言うといつの時代も泊まらせてくれた。


人にも厳しいことはない、ただ自分に対しては物凄く厳しい、ストイックだ。


それから中学、高校と共に演劇をこなした後で俺は就職、彼は本格的な劇団員になった。


大人になった後でもちょくちょく飯食って互いの進展をダベったり、泊まらしてもらったり、泊まらしたり。


彼の中の名台詞ナンバーワンはやはり


「生活費なんて6万あったら十分じゃね?」


朝のバイトだけして、そのバイト代から家賃、携帯、光熱費、食費は賄われる。


光熱費はいつも朝のバイト以外はレッスン場にいて、練習がなくても居座り、帰ったら寝るだけで浮かす


一緒に外食しててもカレー屋では置いてある福神漬けは全部食べる。自遊空間にいけばドリンクコーナーから動かないで物理的に元を取ろうとする。恥とかいう感情はない


最も有名なエピソードとしてマックの休憩所に炊飯器持ってって炊き出したのが有名だ。


まさに勇者、ストイック過ぎて誰にも真似できない


二十前半に俳優、柄本明にスカウトされ渋谷に引っ越した

名前でピンと来ない人はいるかもしれないが顔を検索すれば一発で分かると思う、バカ殿でよく志村けんとコントをやってた人だ。


それからも彼のストイックは変わらなく数々の舞台、時々主演もこなしながら日々オーディションを受けてるのだろう。調べてみるとちょい役だろうけど、有名な映画にも何個か出演している。そういうの少しは自慢してもいいと思うんだけどひたすら自分の演技に納得がいかない。


正月暇だったので連絡してみた。芸能人風吹かせてくるのかなと思ったけど何も変わらない


「札幌帰った時でも飯でも食いにいこうや」


中学生の時に出会った時から同じこと言ってる

もうおそらく十年以上会ってない

それでも会ってもきっと変わらない


会ったら何話そう?

きっと「えーそれはおかしいしょー!」という

勇者エピソード聞けるんだろうな



僕はただのモブ、彼は選ばれた人。

進むことを一切恐れない。仲間などは付けないが、困っている弱き者には手を差し伸べて、黙々と進んでいき何度失敗しても決して折れることがない心で魔王も淡々と倒して「で、次は?」と言ってそう




彼の名はブレイヴ


僕にとって誇れる勇者だ






入院中、暇だったので友達作りアプリに少し手を出してみた


千載一遇という諺もあるが、シンガポール人と知り合った。


今の時代外人さんも普通にいたりする


今まで「私は日本語が不自由です。」と言ってくる人は相手にはしてなかったのだが、今回は時間もあるので異文化交流してみようと思った。


「今回は何故わざわざシンガポールから北海道に?」


「シンガポールにいた時美容院を経営していました。

日本に帰ったら美容院を他の人に譲った。

来年北海道に美容院を建てるつもりです」


全体的に本当かとかは置いといて異国にまで来る人って凄いバイタリティー溢れる人なんだなと思う。


凄いね!賢いね!アクティブだね!頑張ってるね!と褒めてたら


「事業をするつもりはありませんか。男は戦うべきだと思います。」


「どうして収入を増やさないのか気になります」


「私は帰ってきて、データを集めて、後で取引をして、私の勝率を95%にする自信があります」



ん…これは


「お仕事ですか?」


「仕事じゃないよ。私が後でするのは外国為替取引です。

私の余暇の別の収入です」


これは……🤔


「今日の収益は5280ドルで、250ドルの手数料を差し引くと、5030ドルが残り、約60万円になります。」


………


「今度良い相場があれば、連れて取引してもいいですよ」


「通貨の売買です。去年はコロナのせいで、外国為替市場の相場はとても良くて、私の叔父はこれは機会だと言って、私は彼と外国為替投資を勉強し始めて、そこから大きな収益を得ました。



なるほど、本当のことだとしたらやっぱり凄い努力家な方だと思いますが…メールをはじめて数日程度の付き合いで一緒にFXをやりましょう!と興味がなかった事やれないわ。勝つときは勝つけど負けるときも数十万が一瞬のギャンブルみたいなものでしょ?


やー無理だわ…


成功者って、割りとそんな感じだよね。チャンスがあるなら真っ先に食らいついて他国の言葉も覚えたり努力を惜しまない。そんな強いイメージ。だから人としては尊敬してる。でも俺の人生を巻き込まないでくれと。


そう告げると


「アナタの考えが分かりません」


柔らかく言い方を変えても


「アナタの考えが分かりません」botに



こ、壊れたのかな?



後日イエローカードがついてたのでアプリでもFX勧誘したのかな?と思いました


だめよーだめだめ




2021年9月12日

厳密にはいつからかは分からないが、調子が悪いのが抜けなく、ついに痰には血が混ざり、呼吸はずっと荒い状態、横になるば口内が泡だらけになり呼吸が妨げられ寝れなくなり、流石にしんどくてシフトに穴を開ける。申し訳なさがたまらなくPCR検査センターに予約する


2021年9月13日

翌日PCR検査センターに向かう、最初に渡された記入用紙にバカ正直にアンケート書いたら、コロナにかかってる可能性があると返金対応をされて追い返された。そもそもコロナにかかってる可能性を潰す場所じゃないの?調べにいく人皆そうでしょ?ネットの予約フォームにそのアンケートを追加すれば店側も客側も良いと思いながらも、自分の状態が有耶無耶に


2021年12月21日

もうこの頃になると、横になれば泡が出てくるのが週一から三日に一回に。横になれない慢性的な睡眠不足。

肺の痛みも最初は急勾配の階段を昇る時に感じるぐらいだったが、2分の距離の職場までの道のりさえ呼吸が苦しくて途中で休憩するぐらいに…冗談抜きに苦しすぎて病院へ覚悟を決める


2021年12月22日

病院に行くとずっと肺が原因だと思ってたのに心不全だと言われる。レントゲンを見せていただきながら「分かりますか?これが心臓大きいですよね」心臓が硬化して更に6割ぐらい肥大化してるという。これが原因で他の臓器が押し出され肺も苦しいのだという。「まぁ…恐らく入院かな…明日また来てください」と先生に言われた。


2021年12月23日~

仕事の皆への挨拶と経営者に説明がしたかったので仕事をし、その後病院へ。病院へ着くと「此処では器具が足りない、紹介状書いたからそっちへ行きなさい」と大きな病院へ移動

まぁ診断してもらったけれど、その病院でも入院しましょうという話に


数日経て他にも腎臓、肝臓、不整脈、高血圧等々アウト項目は多かったのだがそれも普通の暮らし、投薬と食事でほぼ改善出来たと思われる、呼吸苦も鼻からエアーを入れて数日様子を見て補助具を付けなくても大丈夫に。


残るはというか最初から心不全で入院してる訳でやっぱり心臓である


何回エコーで心臓の動きを見ても、心電図をお腹につけて24時間体制で観察してても脈拍が弱いのだ


その原因がなんなのか?今は担当医が色んな角度から探してくれてる。調子が悪くなって一晩中苦しんだ9月12日の現象。それが風邪なのかなんなのか分からないが拍動を弱まらせてる原因にはなり得るらしい、因みにコロナではなかった


それとも元々僕は人より心臓が弱いのか?


「ご親族の方に心臓が弱い方はいませんか?」


「います、祖母が心臓弁膜症でした」


「うん、遺伝という可能性も0ではないですのですんで」


あらゆる観点からの一つの可能性


それを聞いてしばらく放心する


「あ、そうですよね、嫌ですよね!」と思わず看護師さんに気を遣わせてしまう


「あぁ、いえ、すいません、そうじゃなくて…」


何とも言えない感情がそこにある


僕はおばあちゃんが好きだ

親族で一番好きだ


可愛がってもらった記憶しかない

母親は働く人だったので手料理を作ってもらったことがない、そんな僕にとって家庭の味と言えばおばあちゃん。

小学6年で転校するまで面倒見てくれた。餃子を食べたことが無かった僕が「美味しい!」と言ったら毎日餃子になった。「ば、ばあちゃん!?美味しいけど毎日は…」

油でジュウジュウ焼き上げるチキンカツ、「美味しい!」と言えば毎日、ではなく三日に一回、流石に油は恐いらしいので。朝はかにパン、それは揺るがせない真実。


小3の頃、捨てられた猫を拾ってきたらそんなもの投げなさいと大激怒してた母親に「こんなに泣いてるんだしもういいじゃない、飼ってあげたら?」と言ってくれた。

小2の頃、母親に男ができて家出して夜遅く僕を一番最初に見つけてくれたのも、いつもいつも味方してくれたのはおばあちゃん


もしかしたら世間的には悪いことなのかもしれない


それでも貴女の血と肉、臓器か

それが明確に受け継がれてるのかな?と思ったら


こんなに温かいものはないなと感じてしまう

肉体が滅んで十数年、思い出す切欠をありがとう


ずっと此処にあったんだねと思った三が日最終日でした

初恋


いや、そんなものは初恋にもなれなかった淡い想いの話




小学生時代、女性に免疫などなくてどう接していいのか?そういうのを考えるのもしんどく、同性とバカやってるだけで良かった。


小学6年、家庭の事情で転校した。


心細い僕に皆、優しかった。


優しかったがそれは親切、バカをやれる同性はもう居なかった。


満たされない訳じゃないけど、どことなく感じる空しさ、切なさ…スマホもガラケーもない、必ず帰る!からの言葉だけ虚しい、寂しい


小さい学校なので一つの部活しかなくブラスバンド部に加入。


とはいえ皆、小3からやってる方々だ、小6からの僕なんて簡単な楽器をあてがわれるしかない。


パーカッションの花形はドラム、様になるのはティンパニー、コンガ、チャイム、スネアドラム、シンバル等だろうか?


初心者の僕にあてがわれるのはトライアングル、マラカス、タンバリン、ギロ、ヴィブラスラップ辺り。どれも底が深い楽器なんだよと説明が入るが如何せん、小学生。


これで定期演奏会で親族一同の前に出たり、マーチバンドで街中を練り歩くのは少しばかり


恥だな…と感じてた


ぶっちゃけ僕は音楽を好きも嫌いもどうこう思ったことはない、むしろこの強制イベントで嫌いになりそうだった


一方、僕に音楽を教えてくれた人は音楽大好き少女だった


今一音楽にのめり込めない僕にやる気がないと衝突してばかりだった、どうしても僕の姿勢が許せない


「出来るわけねーじゃん…」

放課後の音楽室までの道のりがいつも遠い


いつも厳しい顔をした少女の絵が浮かぶから…




ある日、先生から説明が入る

「今週の土曜日は音田さんのピアノの演奏会があるので皆で応援に行きましょう」


げっ、あの女、パーカッションだけじゃなくピアノも弾けるのかよ!?…本当に音楽が好きなんだな…


ホテルの一室を借りきり、集められた親戚一同、新聞記者、市長だの市の関係者、少女は小学生にしてソロでピアノを奏でる


緊張感が見られない、僕なら絶対こんな空気に耐えられない


慣れてんだろうな、こういう事



そしてピアノこそ彼女の本領、幼少期から家庭の英才教育で叩き込まれたその旋律は素人目でも明らかだった。


綺麗とか音の難しいことは分からない。

ただ激しく、ただ荒々しくも身体に刻み込まれているMelody


すべての演目を一人きりでやりきり、来てくれた観衆に頭を下げ、見せるとびきりの笑顔



なんだよ…いつも怒ってるのに笑えんじゃん……こんな…笑顔なんだな


ワンツーマンでいつもその少女といた、いつもその少女のことを考えていた、いつも怒っているその顔をほどけさせたかった、笑ってよ笑ってよ


大衆に向けた作り笑顔に

僕の胸は恋に落ちる音がした




その後、修学旅行で好きなヤツおらんの?話しになり、バカ正直に少女が気になってると言ったらそれがクラスに広まり以後、精神的にも物理的にも音田さんからの距離が生まれた。


始まりそうで、何も始まらないで


大人にはまだまだ遠い12歳の夏



中学校で僕は転校してしまったが


その後も音田さんは一途に武蔵野音楽大学に入りピアノを専攻して世界の音楽に触れオーストラリア人と結婚した


今となってはSNSで友達ではあるが


別に何もないし、何かしようって気もない





ただふと思い出が奏でる


あの日の少女のピアノ



これはやっぱり初恋ではなく


君はMelody