作品の縦書きpdfリンクを添付します。

本来のフォーマットはこちらになります。

https://1drv.ms/b/s!AnKjpk89pTuss2FlOdQ_VWURbN0W?e=cdjHao

 

うまく閲覧できない場合は以下の横書き記事でお楽しみください。

最後に作者としてのコメントもあります。

 

ーーーーーーーーーー

相棒はヒットマン

遥 弥生

 

 自分の仕事の重さに気づいた時には、大切なものを失ってしまっていた。

 相棒が死んだ日のことを忘れたことはない。

「思い出すのが辛いから、」

 ごめん。二度と姿を見たくない、と奴の愛人だった女は言った。

 相棒の俺にさえ会いたくない女が、奴そっくりの息子を育てられるのだろうかと微かに憂慮しながらも、何も言えないまま承諾したことを覚えている。

もう一度チャンスがあればと、叶わぬ願いを今でも抱く。

あの日以来、俺はずっと暗闇の中にいる。

 

 

 

相棒の仕事はいわゆる暗殺稼業で、俺はその見届け役だった。

奴の腕は、あの業界でピカ一だった。

どんなに離れたターゲットでも、どんなに万全なセキュリティの中でも、奴は完璧にやり遂げた。

今日も冴えてるなぁ相棒、と声をかけても、相棒が返事をすることは無い。が、奴がどこかほっとしたような表情を浮かべるのを見て、俺は無事に仕事が終わったことを実感するのだった。

 

 

 

死んだ人間は帰ってこない。背負わねばならない罪だとわかっていても、この暗闇の日々は憂鬱だ。

俺にはいつか、救われる日が来るのだろうか。

 

 

 

相棒はまた、綺麗好きな男だった。

奴は血の汚れを特に嫌った好きな人間もいないとは思うが……俺にはよくわからん)

自分の服や、傍にいる俺が汚れると、

「チッ」

なにも言わず、ただ舌打ちをした。

返り血が飛ぶような、無様な仕事をしてしまったことも奴の悔しさではあったろうが、それ以上に怖かったのは、家族が怒ることだったろう。

妻こそなかったが、奴には愛人と、その女との子であろう倅が一人いた。俺も仕事終わりには、奴の家族に世話になることが多かった。

子供の方は奴にそっくりだったが、仕事終わりの父親には近寄ろうとしなかった。子供ながらに、俺たちにこびりついた絶命の臭いを嗅ぎとっていたのだろう。無理もないことなのだが、帰宅後はただの父親に成り下がる相棒にとっては、それが我慢できなかったようだ。

「今の子どもは、こんなのが好きなのか」

手酷い仕事の次の日には、ぶつくさいいながらも楽しそうな相棒とともに、俺もおもちゃ売り場に出掛けたものだ。

 

 

 

酷い闇だ。

このじめじめした臭い、嫌な思い出が甦りそうになる。

狭い、苦しい。ここから出られる日は来るのだろうか。

 愛人の方は俺達の洗濯が面倒だったから……というのは冗談で、やはり愛する男が危険な仕事をやっていることが辛かったからだろう、奴と同様に血の臭いを嫌った。

女の勘なんていうのは魔法みたいなもんだ。俺たちが家に帰ると、女は奴のジャケットや、シャツ、果ては俺の様子まで見回して、だいたいその日の仕事の様子を悟っていた。

「今日は大変だったでしょう」

女はそれから、その日の奴の仕事ぶりにふさわしい声をかけた。まるで普通のサラリーマンに嫁いだ妻のような言葉、並大抵の覚悟では発せまい。

彼女は強い女だった。

だが人は、いつでも強く居られるわけじゃない。女は俺達の出かけには、必ず俺に頼み込んだ。

「私の代わりに、彼をよろしく」

奴はその度に笑っていたが、彼女にとっては真剣な祈りだったのだ。それはまた、俺達の絆を、彼女が一番よく知っていたからだろう。彼女にとって俺は、奴の仕事に必ずついてゆくお守りのようなものだったのだと思う。

 

 

 

それなのに、俺は祈りを叶えてやることが出来なかった。だからこの仕打ちは、仕方ないことだとは分かっている。請うたところで、時間は戻りはしないのだ。

……しかしいったい、どれだけの時間が経ったのだろう。

このカビ臭い部屋にいると、辛い過去を思い出す。

 

 

 

俺は「モノ」が良かったから、一つ前の相棒は俺を押し入れの肥やしにした。

その親父は、しがないサラリーマンだった。

毎日出社している小さな商社に俺のような高級品をつれていくわけに行かなかったのだろう。

俺はそんなに人間を知っているわけでもないが、彼もまた悪い男ではなかったのだろう。ただ、俺とは絶望的に相性が悪かっただけだ。

しかしその相性という一点のせいで、俺は半年に一度でも狭い寝床から出してもらえればマシ、という生活を送ることを余儀なくされていた。

それなのに、珍しい「外出」の日。一張羅のまま飲みに出掛けたその親父は、酔って頭に巻き付けた俺を道端に捨てた。

雨の酷い夜だった。水を吸った私は、通行人に踏まれ、無惨な布切れと化していた。

その時だ、奴に出会ったのは。

奴は誰かが丁寧に編んだであろう、暖かげなマフラーと、それに合うように選ばれたことがよく分かる、高級そうな俺の「仲間」を首もとに巻いていた。それなのに、数メートル手前自分の濡れるのも気にせず、傘を閉じて俺の近くにしゃがみこんだ。

「独りだな」

奴は誰に話しかけるともなくそう言うと、泥水にまみれて重たくなった俺を持ち上げて、何事もなかったかのようにまた歩き始めた。

  

 

 

愛人は当初、とても不機嫌だった。相棒が自分のプレゼントよりも、ずぶ濡れでやってきた俺を愛用し始めたからだ。

無理もない。かつて高級品だったとはいえ、道端に転がされた装飾品を歓迎する奴なんかいるはずがないのだ。

「一応、安全祈願なのに」

俺を洗濯するたび、彼女はそういって頬を膨らませていた。

しかしそんな彼女も次第に、俺と奴の間にある妙縁の方を頼りにするようになった。

「あの人にかけられた恩、きっと返してね」

きちんと「おしゃれ着モード」に設定された洗濯機に俺を放り込むようになってから、彼女は何度もそういった。

 

 

 

そうだ。

奴と、奴の家族にかけられた恩。

俺はきちんと、約束を守らねばならなかったんだ。

 

 

 

「思い出すのが辛いから」。

だから、こうして仕舞われているのも、きっと報いなのだろう。

すでに起こってしまった出来事を書き換えるチャンスなんて、やって来はしない。俺が暗闇から抜け出せる日は、きっともう来ないのだろう。

 

 

 

あの日。警察より速く現場に駆けつけた愛人の女は、血の海のなかに浮かぶ相棒にすがって、それから諦めたようにため息をつき、奴と出会った日と同じように濡れ鼠になった俺を、その首もとから外した。

大切な家族を残したまま死ぬ気持ちは、どんなものだったろう。

愛する男を失う絶望は、どんなものだろう。

そして、父親を喪った子供は、これから何を知り、どう嘆くのだろう。

俺に推量する権利がないことは、よく分かっている。

理解してやれたところで、やり直せはしない。俺にはもう、何も出来ることはないのだ。

だからせめて祈らせてくれ。

奴の、相棒の大切な家族の、

あの日奴が、最後まで必死にその名を叫んだ、愛する人々の安寧を――

 

 

 

突然、ガラリと光が差し込む。

何事だろうか。十数年ぶりの出来事に、思わず身構える。 

 

 

 

俺を封印から解き放ったのは、そうと言われなければわからないほど立派な青年になった、奴の忘れ形見だった。

その青年は俺を手に取り、数秒沈黙すると、覚悟を決めたように俺を首もとに巻き付けた。

ピシリときつく締め上げる、ノットのつくり方が父親そっくりだった。

その胸元には拳銃が光る。

俺は数年の間に何が起きたか、何となく悟った。親子そろっての馬鹿に溜息をつく。昨日の仲間に今日殺されることもある裏社会、決まった敵がいるわけでもなく、仇討など到底叶うはずのない野望なのだが。しかし、やると決めた以上は曲げないだろう。これが俺に宿命づけられた役割なら、手伝わないわけにはいくまい。

見慣れた顔の映る写真立てに向って、男が呟く。

「行ってくるよ、父さん」

相棒。お前は息子が自分の仕事を継ぐことを、あるいは咎めるだろうか。

だが、ひとまずこの青二才の仕事ぶりを見届けることにするよ。あの頃も今も、俺の仕事は見守りだからな。

「しょうのないガキだ。力を貸してやるよ」

 

 

 

 

  俺はネクタイ。

 相棒はヒットマンだ。

 

(終)

 

ーーーーーーーーーー

 

コメント

 いかがだったでしょうか。作者としては、なかなか面白い著述トリックが書けたのではないかなと思う一方で、展開の奇抜さに引っ張られて作品全体のイズムをいささか見失ってしまったと反省しました。最後のシーンをどういうものにするかは作品の構想ができた段階で設定しておくことが多いのですが、書いていて矛盾が起きることなどもしばしばといったところです。展開の意外さ、面白さばかりに気を取られてしまうと、作品の一貫性のなさが目立ってしまうとういうことなのでしょう。ぼくはこういう作品を書くことはめったにないのですが、最近女の子目線の小説を一本書き上げたところなので、そろそろまた男性主役の作品を書こうかなと思っているところです。これは雑感ですが、「相棒はヒットマン」はなんかTwitter漫画っぽいなぁと思いました。