この本を読まれた方々には色んな感想があり、さらに自発的な発見を促される方もおられるのだと思う。
作品は第一、第二、第三の手記という形で形成されており、主人公の人生において時間的な流れと精神的な移り変わり、そして罪の意識や薬物依存、女性との関わり方を通じて、まるで太宰治の本心が物語として表現されたような感覚を読み手は感じる。

自分は他人との考えの違い感性の違いによって乱心し正常なコミュニケーション能力が乏しく、ただ笑う笑わせる事によってかろうじて繋がりを持ち、そして孤独を抱えていた。
笑わせる行為の中にはわざと失敗するような行動も含まれ、それを感ずかれたような状況にはきっと心を見透かされるような屈辱があっただろう。
酒や煙草や女などに染まっていき挙句の果てには彼女と心中未遂をし、自分のみ生き残り自殺幇助に問われることとなる。

釈放後は身元引受人の下から家出をし、女性関係やモルヒネ中毒、そして見かねた周辺の者からの入院の薦め。
その後に廃人状態である自らに対し、人間失格と自覚する。

一つ一つは常人の精神性から乖離しているように見受けられるが、文頭から読むと特殊性は微々たるものであり、人間は環境や考え方によってどのような結末も可能性があるのだと勝手ながら思いふける。
結局、太宰の自伝的作品にも読めたり、各所に読み手が自ら考え感じるポイントが置かれているようにも読める。
自分がこのような精神性や環境で育ち、何を支えにして、どのように将来を築いていくか、それらの過程で道を踏み外さないよう留意するには何が必要か、あるいは人間はそこまでのケアはそもそも不可能なのか。
色んな考えを抱えながら人間として失格だと自覚した太宰の思いをもう一度噛み砕いて考えたい。
人間失格 (新潮文庫 (た-2-5))/新潮社

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