860冊目『移民大国化する韓国』(春木育美 吉田美智子 明石書店) | 図書礼賛!

図書礼賛!

死ぬまでに1万冊の書評をめざす。たぶん、無理。

 

 

韓国は、移民大国になりつつある。それに伴い、韓国の教科書では、従来の「単一民族」という表記が消え、「多民族・多文化社会」という表記へと書き替えがなされた。2012年の軍人服務規律改定では、兵士が忠誠を尽くす対象が、「民族」ではなく、「国民」へと変更された(204頁)。韓国の総人口5163万人(2022年)のうち外国人は252万人(2019年)で、韓国の総人口に占める外国人の比率は約5%ということになる。韓国に住む外国人が急増した背景には、90年代以降、「漢江の奇跡」を達成し、先進国の仲間入りをした韓国が、国内労働力の空洞化を補填しようと外国人労働者を募ったことにある。当初、日本の制度を参考にした産業研修制度を導入したが、悪質なブローカーが横行し、労働搾取が後を絶たず、この制度は廃止された。代わって、2004年の盧武鉉政権の時に、雇用許可制が導入された。これは、韓国政府が、外国人労働者の受け入れから帰国まで一括して管理するもので、悪質なブローカーを排除し、外国人労働者にとっては安価に韓国に入国が出来るという点で画期的であり、国際的にも評価は高いらしい(1)。

 

雇用許可制には、二種類ある。ひとつには、「一般雇用許可制による非専門就業資格」であり、これは韓国系ではない外国人労働者を対象としている。もうひとつは、「特例雇用許可制による訪問就業資格」であり、これは韓国系外国人を対象にしたもので、2007年に導入された。「一般雇用許可制による非専門就業資格」で、韓国で就業する外国人は、フィリピンやベトナムなどの東南アジア諸国出身者が多くを占める。彼らは、一般的な韓国人がやりたがらない3K(きつい、汚い、危険)の仕事を担っており、こうした外国人労働者の存在によって、韓国の経済は支えられている。国際的にも評価は高い雇用許可制だが、問題がないわけではない。たとえば、①転職には雇用主の同意が必要、②他業種への転職が認められていない、③労働組合の活動が認められない、等である。特に①の雇用主の同意がなければ転職できないという要件は人権侵害の疑いがあることから、雇用許可制を廃止し、雇い主に問題があった場合は、いつでも自由に転職できる労働許可制を導入すべしという議論がある(64頁)。今度、雇用許可制の問題点をどう克服していくのかが注目すべきところだ。

 

「特例雇用許可性による訪問就業資格」は、韓国系外国人を対象にしたものだが、ここで意識されているのは中国の朝鮮族や、かつてロシアに住んでいた高麗族である。特に朝鮮族は、2007年の訪問就業制によって、韓国社会に一気に流入した。韓国に居住する韓国系外国人は約89万6千人だが、そのうち37%は朝鮮族が占めている。『犯罪都市』や『哀しき獣』といった韓国映画でも、朝鮮族が登場するように、韓国社会において、その存在感は決して無視できないほどになっている。朝鮮族には、他の外国人にない利点がいくつかある。まず彼らは韓国語を話せる。だから、韓国に来ても言語の壁がなく、求職コストが小さい。それに韓国人からしても言葉が通じる朝鮮族の方が信頼できるという部分もある。もちろん、そこには同胞意識もあるだろう。実際、家事、介護市場で働く外国人は、ほとんどが朝鮮族である。言葉が通じることに加え、朝鮮民族としてのエートスを会得している朝鮮族は、まさにケア労働にもっともふさわしい存在なのだ。しかし、近年、中国で暮らす若い朝鮮族は大都市に移動しつつあり、韓国へ出稼ぎに行く人も少なくなりつつあるようだ。さらには韓国語を話せる朝鮮族も減少傾向にある。これまで朝鮮族を韓国経済の土台として吸収して成り立っていた韓国社会は、その貴重な働き手を失ってしまうのではないかという難題を抱えているのである(106頁)。

 

私が普段使っている韓国語の単語帳には、「多文化家族」という言葉が載っている。まさに移民大国としての韓国社会を反映した言葉だ。実は、韓国の夫婦は、10組に一組が国際結婚である。ピーク時には全結婚総数の13・5%が国際結婚で、農村によっては40%を超えることもある。韓国の国際結婚は、韓国人男性のもとに、中国、ベトナム、フィリピン出身の女性たちが嫁いでくるといった形が多いが、この背景には、IMF危機以降、家長的立場としての役割が担えなくなった下層階級の韓国人男性が、先進国と途上国の格差を利用して、家長としての生き残りを図るという戦略がある(658冊目『韓国家族』)。国際結婚を斡旋するビジネスもあり、韓国語を知らない外国人が、一回り以上も年の差の離れた韓国人男性のもとに嫁いでいくことに「人身売買ではないか」という批判がなされたことがあったが、韓国政府は、この国際結婚家族をしっかりと包摂し、人的資源として確保することで少子化対策としていく算段だ。そのため、韓国の国際結婚家庭への支援には手厚いものがある。充実した韓国語教育に加え、外国人妻のための24時間相談センターもある。2012年には「多文化学生教育先進化法案」が成立し、2020年には多文化家族支援法として5629億ウォンも拠出されている。こうした社会の変化を反映して、韓国は、単一民族ではなく、多文化社会なのだという言説も生まれたのである。

 

一方で、バックラッシュが起こっている。韓国の国際結婚家族への支援は手厚い。たとえば、公営住宅に優先して入居できたり、質の高い公立保育園にも優先入園ができたりする(232頁)。当然、こういう措置は韓国人夫婦からすれば不満が出るところだろう。こうした内心くすぶっていた移民への不満が一気に爆発したのが、イ・ジャスミン事件である。イ・ジャスミンは、フィリピン出身で、韓国に帰化した女性だが、2012年に与党セヌリ党から出馬し、国会議員となった。この時、一部から激しいヘイトに近いバッシングを浴びるようになった(229頁)。社会的弱者だったはずの移民が、突然、権力者になったことへの当惑と憤怒がバッシングという形で表出したのである。つまり、これは、移民というのは私たちが恩恵を施す立場であり、マジョリティと同等の権利を手にしたり、主張をしたりすることは断じて許せないという排外主義である。韓国では幸い、このような風潮がテロなどの事件を導くほどには強くないようだが、移民政策の議論がなされている日本でも、この問題点についてはしっかり考えなければならないだろう。特に欧米では、移民を使い捨ての労働力として受け入れた結果、移民たちの不満が社会の秩序を乱すような事件を招いている。自業自得といえばそれまでだが、移民政策を考えるときには、労働力資源としてだけ見るのではなく、移民の受け入れ環境までしっかり整備しないと、社会に大きな混乱を招くことは欧米からの教訓としてしっかり学ぶ必要がある。

 

とはいえ、移民を包摂するとはいっても、そこにも注意しなければならないことがある。本書でも指摘されている通り、韓国の国際結婚家族への支援にあるイデオロギーは、同化主義である。つまり、多様な文化的背景を持つ外国人妻に対して、「韓国人のようになること」を押しつけている。そして、たとえば、韓国には、国際結婚家族への理解への啓蒙を目的としたCMがあるが、そこに出てくる外国人親をルーツに持つ子供にも、模範的な韓国人像があてがわれている(208頁)。ここにも手厚い移民支援をしているのだから、国家に有益な存在となるべきだという同化主義が垣間見える。多文化社会という言葉とは裏腹に、国際結婚家族は、国家主義のイデオロギーに絡め取られてしまうのだ。もちろん、人は国家のために生きているわけではない。国家から役立たずと認定されようと、自分が自分らしく生きられるような生き方を見つけるのが幸せだろう。私の好きな韓国映画に『ワンドゥギ』(2011)という、マイノリティの人たちの心温まる交流を描いたヒューマンドラマがある。映画の主人公ワンドゥグ(ユ・アイン)は、国際結婚夫婦のもとに生まれた子供だ(母親がフィリピン人で、父親が韓国人)。生活は貧しいが、友人や近隣住民に恵まれ、自分の生を肯定していくというストーリーには、これから先の移民社会を生きていくヒントがある。国家に押しつけられた自己像を真に受けるのではなく、心許せる周囲の人々との交流を重ねながら、自分の居場所を見つけていく。そのような居場所をどうやって作っていけるのか。それが移民時代が問いかける大きな課題だろう。

 

(1)韓国:日本より進んでいる韓国の外国人労働者政策を知る 澤田克己 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)