627冊目『未完の革命 韓国民主主義の100年』(金惠京 明石書店) | 図書礼賛!

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死ぬまでに1万冊の書評をめざす。たぶん、無理。

 

 

本書は、朴正煕と金大中という、韓国現代史を語る上で欠かせない二人の大統領の経歴を振り返りながら、現代韓国を多元的に解説する本である。著者は、日本のテレビ番組のコメンテーターとして起用されるなど、知名度が高い金恵京。朴正煕と金大中はあまりにも対照的な二人だ。朴正煕は反共を国是に戒厳を繰り返し、国内の引き締めを図った。一方で、金大中は軍部独裁体制を批判をし、自らを危険に晒してでも韓国の民主化に向けて活動した。北朝鮮に対しても、軍部独裁時代の反共の論理ではなく、寛容の論理で対峙してきた。太陽政策などはその象徴である。韓国は1987年までは、朴正煕のような反共的独裁体制政権がつづき、市民の生活を圧迫した。1987年の民主化以降、独裁体制は終焉し、金泳三、金大中とった文民政権が誕生した。

 

しかし、『現代韓国の社会運動 民主化後・冷戦後の展開』(金栄鎬 社会評論社)が深く考察しているように、民主化以降の韓国に問題がなかったわけではない。文民政権としてもっとも正当性の高い金大中政権もまた、IMF危機の韓国経済の構造調整のなかで、労働者の雇用を守るどころか、いっそう不安定にした。韓国現代史を特徴づけるのは、革新政権が新自由主義路線を導入し、労働者のセーフティネットを縮小させていったことである。さらには国家保安法の問題もある。国家保安法とは、南北の分断を前提にした対北利敵行為を罰する法律だが、これは民主化以降も存続し、韓国の大法院でも合憲とされているが、朴正煕、全斗煥などの歴代独裁政権が反体制派の粛清を正当化するために使われた代物である。金大中政権もまた、野党時代に国家保安法違反で死刑宣告(のち、赦免され日本へ亡命する)を受けた身であるにもかかわらず、自らが政権を握ったときには、国家保安法によって社会運動の取り締まりなどを行っている。

 

もちろん、文民政権の誕生はまちがいなく、民主化の成果であった。金泳三、金大中の手法は「文民独裁」と揶揄されもしたが、それでも、かつてのように強権の発動はそう簡単にはできない。そうした民主化の恩恵は現代韓国でも政治遺産としてしっかりと継承されている。廬武鉉、文在寅といった革新系大統領の登場はそれを物語る。とはいいつつも、革新政権をもたらしたものを考えるとき、どこかやるせない気持ちを抱いてしまうのが、今の韓国人の姿ではないのだろうか。韓国では独裁者の朴正煕を称賛するひとも多い。朴正煕こそ、一時は北朝鮮よりも貧しかった韓国を経済大国に押し上げ、現代韓国の基盤を作った功労者だというわけだ。IMF危機のもと、庶民の生活水準が切り上げられたのは文民政権だった。朴正煕礼賛はその反動の現れでもあるのかもしれない。

 

さて、ここで3月9日に投票が行われる韓国大統領選について考察を加えなければならない。与党李在明(イ・ジェミョン)がやや優勢らしいが、ウクライナ侵攻に対する失言で少し雲行きが怪しくなった。李在明は城南市長、京幾道知事を務め、政治家としてのキャリアは申し分ないが、民主化運動の経験がない人物であるということがこれまで革新系大統領と違っている。さて、その対抗相手は尹鍚悦(ユン・ソギョル)だが、こちらはまったく政治家としての経験はない。北朝鮮に対しては強硬的で、日米間の連携を大事にしているらしいので、日本の立場からすれば、尹鍚悦を歓迎すべきなのだろうか。正直、以上のようなことしか、韓国大統領選についての知識を持ち合わせていないので、これ以のことをここで語ることはできない。どちらが大統領になるにせよ、就任中の実際の言動を注視ながら、その政治能力について判断していきたい。