521冊目『21世紀の啓蒙 上』(スティーブン・ピンカー 草思社) | 図書礼賛!

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死ぬまでに1万冊の書評をめざす。たぶん、無理。

 

 

 2016年にドナルド・トランプが米国大統領となった。選挙期間中に女性やマイノリティへの蔑視的発言があったにもかかわらず、である。選挙期間中は、盛んにデマが飛び交ったことから、ポスト・トゥルースの時代などと呼ばれた。ヘイトクライムやテロリズムの問題も何も片付いておらず、人類は進歩をやめ、退行したかに見えた。これは市民感情だけではなく、学者やジャーナリストといった知識人層も含めて、「野蛮の時代に突入した」と何度なく叫ばれた。

 

 しかし、はたしてそうだろうか。人類は進歩をやめ、暗黒の時代に逆戻りをしているのだろうか。いや、断じてそうではない、と本書は主張する。人類は進化の歩みをやめてはいないし、人間の理性はかつてないほど私たちを幸せにした。著者のスティーブン・ピンカーは数々の文献と統計データを駆使して、そのことを証明して見せる。人類は、いま最高の時代に生きている。戦争もなく犯罪も少ない。医療体制もインフラも充実した。清潔な空気を吸い、美味いものを食べ、余暇を満喫している。

 

 数々のデータから、人類はかつてないほど幸せの時代を生きていることが明らかなのに、なぜ私たちは野蛮の時代を生きていると思うのだろう。ピンカーは、その理由のひとつとして利用可能性バイアスをあげる。利用可能性バイアスとは、思い出しやすい、あるいは目につきやすい情報や事例を一般化してしまう人間の心理認知バイアスである。メディアが扱うのは基本的に悪いニュースばかりである。一方で、良いニュースはほとんど報道されない。健康寿命の伸び、犯罪件数や貧困率の改善等、長い期間に及ぶ蓄積の上に達成される偉業は、日々の出来事を伝えるニュースの主題にはならない。一方で、悪いニュースは、殺人、犯罪、虐待等、突発的である。日々のネタ集めに必死な報道機関としてはどうしても悪いニュースにばかり目がいってしまう。

 

 しかし、実際は人類の暮らしはかつてないほど豊かになった。以上のことから、ピンカーは、進歩は正しい、したがって人間理性による統治をどんどん推し進めるべきだと主張する。しかし、はたして、ピンカーのこの主張に問題はないのだろうか。かつて佐伯啓思は、アメリカほど左翼である国はないと言っていた。佐伯の左翼の定義は、人間理性への盲目的な信仰である。歴史をもたない米国では、物事を合理的に解決することが重要であり、科学技術が招く問題も新たな新技術で解決可能だと考える。しかし、この人間理性礼賛にもとづく科学技術信仰に問題はないのだろうか。そのことを次回、考えてみたい。