8冊目 『変容』(伊藤整 岩波文庫) | 図書礼賛!

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死ぬまでに1万冊の書評をめざす。たぶん、無理。

 

 


四年ぶりぐらい読んだ。やはり凄まじい小説だった。伊藤整文学の到達点であろう。

主人公龍田北冥は、齢六十を迎える老人だが、性への精力的な活動と細かなところまで人の機微を知悉している心理描写が、他の小説に比べて圧倒的なのである。また、文体を一人称で統一することによって、主人公の龍田を、著者伊藤整と重ね合わせることもできる。伊藤整がこの小説を書いたのは六四歳のときであった。

「老い」とは、不能、衰退、没落といったイメージと観念が不可避的に漂う。人は老いることを嫌がり、恐怖の対象にする。私も高校生あたりぐらいまでは、老人になって惨めに生きるぐらいなら、坂本龍馬みたいに33歳で襲撃でもされて死にたい、と半ば本気で思ったことがある。
『変容』は、私のそんな浅薄な了見を一刀両断する。老人になることへの憧憬、願望を惹起させる。
老人にこそ味わえる性の特権、実存の感覚。もちろん、私にはまだ分からない。それゆえに羨望の的となるのだ。

『変容』は名著である。この小説を読まずして齢を重ねることに、果たして何の意味があろうと思うほどである。